BYPASS99

 


諌鼓を打て

 
『とやま保険医新聞』のコラム「バイパス」など、機関紙誌に発表した雑文を掲載しています。


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あけましておめでとうございます   1999.1.1


1999-02 バイパス

 あんな時代は日本ではない。と、灰皿でも叩きつけるようにして叫びたい衝動が私にある。日本史のいかなる時代ともちがうのである。(司馬遼太郎「この国のかたち」より)
 ここでいうのは日中戦争から太平洋戦争への時代のことであるが、晩年の司馬さんは、現在の日本にたいして灰皿を向けていた。バブルに浮かれて虚業がはびこり、そこに政治家や官僚が群れる──いびつな「この国のかたち」に危機感をつのらせていた。バブル後の後始末の悪さを見届けぬままに逝ったけれど、もし存命なら、失望のあまりモンゴルの草原に移住していたかもしれない。
 「公的資金の注入」で息をついた銀行が、まっさきにやったのはゼネコンへの「債権放棄」すなわち借金棒引きだった。景気浮揚の第一選択は、あいかわらずハコモノづくりだ。
 茨城県が作成した報告書がたいへんな人気で、増刷につぐ増刷を重ねているという。タイトルは「高齢者福祉の充実がもたらす経済効果に関する調査研究」である。福祉への投資は、公共事業と同等の経済波及効果があり、雇用創出効果は公共事業の一・五倍におよぶ。富山県でも若手職員らによって同様の調査研究が行われ、同じような結果が得られている。しかし、公表には消極的だと聞く。
 天空のかなたから灰皿が飛んでくるのではなかろうか。

1999-06 バイパス

 この期に及んで何を言うか----にわかに沸きあがってきた与党内での介護保険延期論・見直し論である。
 もとより問題の多い制度である。遅れる基盤整備、地域格差、弱者に負担の重い保険料と利用料などなど。
 しかし、いまのままで放っておくことはできない。実際に動き出してから見直し手直しもできるだろう。なによりも、混乱すれば迷惑をこうむるのは国民だ。中央でも地方でも、担当する役人たちは、かつてないほどまじめにとりくんでいる。10月からの認定作業の開始にむけて、文字通り総力をあげている。その姿に打たれて、と言えば誉めすぎかもしれないが、制度設計の論議の中では異論をもっていた人々の多くも、今は介護保険のスタートにむけて協力している。私たちも、介護保険の仕組みとその中で果たすべき役割を、会員に周知するよう努めてきた。
 なのに、この期に及んで--なのである。理由がふるっている。「これじゃ選挙に勝てない」からだという。
 介護保険の保険料だけで約2.4兆円の負担増。これは消費税1%に相当する。国民のふところぐあいを心配してくれるのはありがたいが、いっぽうでは、もともと多すぎる公共事業をさらに積み増ししている。その分を福祉に回そうという気配りはないらしい。
 この際、いさぎよく選挙に負けていただこう。

1999-10 バイパス

 もしもオラがぽっくりいったら、保険料ちゃもどってくるがけ。もどってこん?--そんなダラなもんにゃはいられんわ。はいらんだらズンダハンにひっぱられるがけ?
 眠い目をこすりこすり、駅前でビラ配りをした。ビラを受け取ってから、わざわざ引き返してきて尋ねられた。たいへん元気そうなおばあちゃんだ。年金から天引きされますよ、とまで言えなかった。
 もう40歳以上はクビ!若い人と入れ替えしなきゃやってられないですよ。この不景気に高い給料はらったあげくに保険料まで出せませんッ。
 某大企業の下請会社の経営者である。それでなくとも中高年がリストラの対象になり、再就職もままならないのに、介護保険が追い討ちをかける。
 「介護保険一一〇番」に寄せられた相談では、保険料と利用料の負担が大変だという声が多かった。障害者福祉の恩恵を受けていた人が「保険」というシステムに放り出される不安も多かった。
 見聞きすればするほど介護保険は日本の政治・経済・社会・文化など、もろもろの縮図だな--と感じる。だからこそ幅広い人々と連携できそうな予感がある。
 金沢大学・横山寿一教授は「欠陥だらけの制度ゆえに、福祉を超え地域を考える契機になる」と主張している。「介護保険から町づくりへ」と視野を広げよう。


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1999-05 全国保険医新聞コラム『羅針盤』

 ミステリー小説『フェイタル・キュア』(ロビン・クック作/林克巳訳/ハヤカワ文庫)を読んだ。▼ミステリーものはなるべく読まないことにしている。途中でやめられなくなるからだ。ちょっとためらったが、出張のカバンにこの本を入れた。ホテルのベッドにもぐりこんだときには、窓の外が明るみはじめていた。▼物語の舞台はヴァーモント州の田舎町である。若い医師の夫婦が赴任したのは、管理医療会社(HMO)と契約している病院だった。患者は勝手に病院にはかかれない。まずはHMOの窓口でふるいにかけられ、つぎにHMO直属医師の診療を受け、そのうえで専門的な医療が必要と認められたら契約病院に行くことができる。病院は包括払いの契約を結んでいる。入院や検査が多くなれば赤字になる、ぎりぎりの支払いだ。▼むやみに専門医に送るな、検査は最小限にしろ、とHMO幹部や病院理事長から叱られる。厳しいコスト管理と医師としての良心の葛藤が続くなかで、不可解な事件に巻き込まれていく。やがて究極のコスト削減の正体が明らかに・・・・▼新聞報道によると、この夏アメリカの大手管理医療会社が日本へ進出し、医療費抑制を掲げて健保組合などとの契約を目指すという。恐怖の物語がはじまろうとしている。(き)

1999-08 全国保険医新聞「理事会ひととき」


 理事会の数日前『コンクリートが危ない』(岩波新書)を読みました。磐石そのものに見えるコンクリートが、製造や施工の欠陥によって内部から崩壊していく。世紀末を象徴するかのようです。さいわい行き帰りの新幹線は無事でした。
 「高齢者の1割負担の導入に反対し、介護保険の緊急改善を求める請願署名」が提起されました。各地でご討議いただき、その結果をふまえて取り組むことになります。
 健保連、経団連、連合が唱和しマスコミが応援する「医療抜本改革」は、企業負担を減らし国民の負担を増やすことが主眼であるらしい。「薬づけ・検査づけ」などと古びた枕詞を並べたて、医療に対するマイナスイメージを掻き立てています。
 いまこそ国民の健康を守るという原点に立ち返って、実証的な議論を積み重ねていくことが求められています。
 署名運動に端を発して介護保険をめぐる戦術論争になりました。「延期論」「迎撃論」「高見の見物論」とさまざま。介護保険制度は大きな問題をかかえている、との認識は共通しています。
 実施延期は問題の先送りに終わることが予想され、物心両面での準備を始めている関係者には大きな混乱を生むでしょう。やがてこの制度は破綻するだろうから深入りせずに見物していればよろしい、という意見には世事を超越したような味わいがあります。が、犠牲になるのは国民です。混乱は覚悟で迎え撃ち、国民の立場に立って問題点をえぐり改善要求を突きつけていこう、というのが大勢を占めた「迎撃論」です。国民と手を結び、社会保障後退の流れに反撃する機会ともとらえる。苦労の多い選択ではあります。

1999-09 全国保険医新聞『羅針盤』 

たもかく本の森(池袋)
 JR池袋駅北口から徒歩1分。それだけの情報をたよりに池袋の街に降り立った。▼ほどなく古書店「たもかく本の森」を尋ね当てた。間口が1間半ほどの店である。1階2階と階段にも本棚が並び、人がすれ違えないほどだ。「たもかく」とは「只見木材加工組合」の略である。▼この店がタダモノでないのは、ナショナルトラストの拠点であることだ。福島県只見町の本部へ本を送ると、査定額に応じて雑木林の所有権(ナショナルピース・ナショナルトラスト)または入会権(グリーンパスポート)と交換してくれる。集まった本は直売するほか古書店に卸し売りしている。こうして得られた資金で只見の森を維持し、町おこしにも役立てている。▼「高齢化・後継者難・経営難」─これが過疎地の3Kである。なんだか医療界にもあてはまりそうだ。「開業医おこし」の言葉が切実に聞こえてくる。医療ばかりではなく、日本中があてはまりそうである。開業医だけ「おこし」たら、かえって怨嗟の声にさらされるかもしれない。▼景気対策は相も変わらず公共投資。次世代に残されるのは膨大な国債と破壊された環境だ。非健康的・非文化的な生活が保証されている。「公共投資偏重・国民不在・憲法軽視」を、この国の政治の3Kと命名したい。(き)

1999-10 全国保険医新聞「理事会ひととき」 

 スケジュールのやりくりがつかず、夜行列車で上京しました。狭いベッドにもぐりこみ‥‥と次の瞬間、「おおみやー」という大音響に目を覚ましました。眠ったような気がしません。
 メインテーマは「医療介護改善大運動」。名称に「大」の字をつけ、事務局は「臨戦体制」を敷いています。署名運動に生き甲斐あるいは気概をもって臨んでいる方もある反面、また署名かという気分もあります。
 署名運動が続いて新鮮味を失い、閾値が上がっていることもありますが、運動の方法論にかかわる議論もありました。
 「全国紙に意見広告を」との強い意見がありました。全国紙に全面広告を出すと約2千万円の費用がかかるといいます。それに見合った効果があるのだろうか。医療に関係のない友人に聞いてみると、医師会の意見広告には「さすが金持ちだね」と冷ややかです。
 署名運動はつまるところ国会請願です。
 請願は、憲法第16条で国民の権利として保障されています。国会開会中に受け付け、請願の要旨、請願者の住所・氏名、署名者数、紹介議員名などの記された一覧表が議員に配付されます。
 請願は各種委員会で審査を受けます。不採択のものがふるい落とされ、さらに国会で処理するものと内閣に送付するものに分けられ、議長に報告されます。議長は本会議に諮り採決を行います。結果や経過が全議員に報告されます。
 署名の多寡はプレッシャーにはなりますが請願の要件ではありません。自己目的化すると肩透かしです。署名を集めるという行為を通した宣伝活動、世論づくりとみるべきでしょう。
 なお、理事会終了後、新宿駅南口で街頭宣伝活動が行われました。

1999-12 全国保険医新聞『羅針盤』 

 「誤魔化し」は当て字だという。とはいえ雰囲気をうまく表している。▼文化・文政年間の江戸に胡麻胴乱という菓子があった。小麦粉にゴマをまぜあわせ焼いてふくらましたものである。中は空っぽだ。このことから、みかけだおしで中身のともなわないことを「胡麻菓子」と揶揄したのがはじまり。当時の流行語である。▼予算編成と診療報酬改定のタイミングを見計らったように「医療経済実態調査」(九十九年六月調査)の速報値が公表された。マスコミは「開業医の月収二百三十五万円、伸び率十八%」と報じている。これは医科診療所の数値であり、歯科診療所は四・九%増である。いずれも私たちの実感とはずいぶん違う。▼比較の対象は九十七年九月の調査である。健保本人二割、薬剤費などの負担増で受診率が急減した月だ。いっぽうの六月は、歯科や眼科・耳鼻科では学校検診後の受診で一番の繁忙期である。もっと単純なところでは、前回にくらべて今回調査月では診療日数が二日多い。これで比較が成り立つのだろうか。▼すこしさかのぼって前々回調査(九十五年六月)と比較すると、無床診で二%の微増、歯科では三%の減となる。実態調査の報告はなかなかよくできた「胡麻菓子」的「誤魔化し」だ、と言うほかない。(き)


井上ひさし氏講演会 1999-08-08



8月8日、富山市で井上ひさし氏の講演会が行われた。

不肖 私が案内文を書き、司会を務めた。当日は350席が埋まった。

----<案内文>----  

♪波を じゃぶじゃぶ じゃぶじゃぶ かきわけて
♪雲を すいすい すいすい 追い抜いて

 「ひょっこりひょうたん島」を憶えていますか。64年から69年まで、千二百回余り放送され、94年には復刻版が放送されました。その作者の井上ひさしさんが、ひょっこり富山へお見えになります。
 
 「吉里吉里人」、「四千万歩の男」に続く長編「東京セブンローズ」がさきごろ刊行されました。痛快な物語が、じつは、家の床が抜けるほど集められた資料に裏打ちされています。小説や戯曲ばかりではなく、コメ問題、憲法問題を論じるときにも、資料魔ぶりがいかんなく発揮されています。

 井上さんは、高校卒業後、国立療養所の職員になりました。そこで「残飯闘争」を体験し、患者の側に立って行動したのがきっかけで退職されたのだそうです。井上さんはいま、「この国」の未来を案じて、四千万歩の行脚を始められました。

♪ひょうたん島は どこへ行く 
♪ぼくらを乗せて どこへ行く

 国際問題はアメリカまかせ、国内問題は財界まかせ。病人老人は廃棄物扱い。日本列島はどこへ行くのか、一緒に考えてみませんか。

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