BOOK2018
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 《2017|2018- 1011122019



堤未果『核大国ニッポン』小学館新書
カバーに『日本人よ、「非核国」の幻想から目を覚ませ!』とある。「核」による被害は原水爆ばかりではない。劣化ウラン弾は中東・コソボなどで大量に使用され、当該地域の住民はもとより米兵にも多くの被曝をもたらした。原発や核施設による被曝者も世界に広がっている。 ▼世論調査で、広島・長崎への原爆投下について、日本では75%が「必要なかった」と答えたのに対し、アメリカでは「戦争の早期終結のためにやむをえなかった」との答えが68%だった。「ドレスデンや東京大空襲のような爆撃は戦争が続くほどにエスカレートし、いつしか民間人大量殺戮に対する指導者の感覚を麻痺させた。そういう意味では、アメリカの原爆投下は、日本軍の南京虐殺やナチス・ドイツによるホロコーストと本質的には同列なのだ」(スタンフォード大学バーンスタイン教授) ▼低レベル放射線による健康被害を取り上げた医療者や学者は、ことごとく政府から圧力をかけられている。チェルノブイリについて、IAEAなど、国際的「公的機関」の公式見解は「甲状腺がん以外は大したことはなく、最も健康を害しているのは放射線への恐怖からくる精神的ストレスだ」と断定する。いわゆるチェルノブイリテーゼである。 ▼被曝者・月下氏の言葉:「ただ<被爆の悲惨さ>を訴えるだけでなく、同時に論理的な提案をすることで、初めて現実を変えてゆけるのです」‥スイスのように軍を保有しながら中立を貫く、コスタリカのように軍を持たずにリオ条約に参加する、いずれにせよ正論を盾に議論を封じ込めてはならない、と主張している。 ▼スミソニアン博物館ハーウィット元館長の言葉「私たちは歴史的事実を正確に伝えなければなりません。結論や解釈まで押しつけてはいけない。良き未来を作るのは次世代の役割なのだから。彼らを信頼して、ただ手渡すのです」 ▼核兵器に対する嫌悪が、かえって論理を浅はかなものにとどめてしまうことがある。世界の被爆者は日本のリーダーシップに期待している。 (2018.01.20)


田井中雅人『核に縛られる日本』角川新書
序章は歴史的経過の概説。1970年成立したNPT(核不拡散条約):米、露、英、仏、中の5か国だけに核兵器保有を認めるとともに、誠実に核軍縮交渉する義務を課す。その他の国々には核兵器の保有を認めない代わりに、原子力発電などの「核の平和利用」の権利を認めた。この取引は「グランド・バーゲン」と呼ばれる。現在191か国加盟。インド、パキスタン、イスラエルは未加盟。北朝鮮は2003年に脱退。 ▼2017.7.7核兵器禁止条約が成立した。米国は同盟国向けに「核兵器禁止条約の決議に、ただ棄権するのではなく、明確に反対するように」との文書を配布した。その結果、日本は「棄権」ではなく「反対」の票を投じた。 ▼ニューヨーク郊外に住む被曝者・森本富子ウェストさん。「戦争ってこんなものなのよって。生きているうちに自分の経験を若い人たちに伝えなければ、と思うようになりました」  「あの朝、母と口げんかしたのが最後になってしまいました。みなさんは家族と別れる前には必ずハグしてくださいね」 ▼1946年、原爆投下を批判する報道が散見された。ハーバード大学長ジェームズ・コナントは危機感を抱き、「マンハッタン計画」の責任者だったヘンリー・スティムソンに働きかけ、論文「原爆使用の決断」を書かせた。「原爆を使用せず、仮に日本本土上陸作戦を実施すれば、米軍だけでも100万人以上の死傷者を出すかもしれなかった」 … この「スティムソン論文」の「100万人を救った」との言説が、第二次世界大戦を戦った米国民に広く浸透した。いわゆる「100万人神話」は、米国で広く信じられている。 ▼マンハッタン計画の関連施設のうちプルトニウムを生産したワシントン州ハンフォードで、「ハンフォードの風下農民」トム・ベイリー氏を取材している。彼らは「ヒバク博物館」を構想している。それは、米国内の核開発の被害者だけでなく、日本の広島・長崎の被害者や、福島の原発事故被害者、米国が水爆実験をしたマーシャル諸島ビキニ環礁のヒバクシャらと連携した博物館だ。 ▼マンハッタン計画の拠点ハンフォードでは、大量のプルトニウムが生産された。泥状の高レベル放射性廃液は177基のタンクに入れて埋設されている。その一部が漏れ出している。廃棄物を再処理して国立公園化する計画が進められているが、それは「緑の隠蔽」だ、と批判されている。 ▼1945.8.10 当時の日本政府は米国に対する抗議文を発行している。「米国が今回使用したる本件爆弾は、その性能の無差別かつ残虐性において従来かかる性能を有するが故に使用を禁止されおる毒ガスその他の兵器を遥かに凌駕しおれり」と評し、ハーグ陸戦条約に基づき「国際法違反の非人道的兵器」だと指摘している。 しかしその後の日本の外交は「ジャイアンにへつらい、のび太を無視するスネ夫外交」だと評している。 ▼政府の核への視点。1957:「自衛権の範囲を超えない限り、核兵器保有は憲法に違反しない」岸信介 1969:「当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともにこれに対する掣肘をうけないよう配慮する」(外務省機密文書)  2016:「核兵器でも、必要最小限にとどまるものであれば、保有することは必ずしも憲法の禁止するところではない」(安倍内閣政府答弁書) ▼巻末に「核兵器禁止条約 日本語訳」を収載している。「核兵器の使用による犠牲者(ヒバクシャ)ならびに核兵器の実験による被害者にもたらされた受け入れがたい苦痛と被害を心に留める」  「いかなる核兵器の使用も武力紛争に適用される国際法の規則、とりわけ人道上の原則と規則に反していることを考慮する」 なお、前文のなかでは「核の平和利用」を認めている。 (2018.02)


NHKスペシャル取材班『健康格差』講談社現代新書
冒頭、「低所得の人の死亡率は、高所得の人のおよそ3倍─」というショッキングな言葉から始まる。健康格差は世界的な問題になっている。WHOは、健康格差を生み出す要因として、所得、地域、雇用形態、家族構成の4つを指摘している。 ▼近年、若い世代に重症の2型糖尿病が増えている。第1章は、金沢の莇也寸志先生の取材から始まる。ほかにも民医連関係の取材が入っている。 ▼NPO法人ほっとプラス代表、藤田孝典の言葉。「高齢者の方の生活支援の相談を受けるときには、まず相談にくる人の歯を見るようにしています。歯を見れば、その人が置かれている状況が一目で分かるからです。歯がない人は、治療に行く時間やお金がない状態で生活しているのではないかとか、歯がないと認知症のリスクが高くなるとも言われていますから、そういった面は大丈夫なのかとかお聞きすることができるんですね。ですので、歯がなくて咀嚼できない高齢者は要注意だということです」 ▼対象にもよるが、ハイリスク・アプローチよりもポピュレーション・アプローチのほうが効果的。2017ノーベル経済学賞、リチャード・セイラー教授(シカゴ大)の提唱する「ナッジ」(肘で軽く突く=nudge)。「行動経済学」では大々的にしつこく言うより、肘で軽く突くように小さく誘導されたときのほうがいい結果を出す。 ▼ハーバード大学イチロー・カワチ教授のインタビュー … 「ソーシャル・キャピタル」は、人と人、組織間のつながりを資源として捉える概念。「絆」と言ってもいい。日本では伝統的に「ソーシャル・キャピタル」の力が強く、それが長寿を支えてきた。そのソーシャル・キャピタルが弱体化している。 (2018.03)


兵庫県保険医協会『口から見える貧困』クリエイツかもがわ
40年ほど前は「虫歯の洪水」と言われるほど、小児のウ蝕が多く、治療と予防に注力した。ここ10年ほどは、子供の口腔状態は改善され、虫歯のない子のほうが普通になった。いっぽうで、非常に状態の悪い子が、少数とはいえ存在する「二極化」の状況がみられる。 ▼兵庫県や大阪など、いくつかの地域で調査が行われ、検診後の受診率が低いこと、極端に状態の悪い「口腔崩壊」と呼ばれる子どもが存在することが示された。ともすれば虫歯は自己責任ととらえられがちだが、背景には貧困がもたらす健康格差が強く疑われる。 ▼第3部で、足立了平氏が総括的な議論を展開している。氏の書かれたものは、震災の時に大いに参考にさせてもらった。 (2018.04)

手塚治虫『手塚治虫傑作選「戦争と日本人」』祥伝社
冒頭の「悪魔の開幕」は「・・首相は自衛隊をはっきり軍隊といいきり……国民のすべての反対を押し切って憲法を改正してしまった…」と始まり、そのリアリティにびっくりさせられる。巻末の資料をみると1973年に発表されたものだ。45年も前に書かれた作品ということになる。(2018.04)


伊藤千尋『凛とした小国』新日本出版社
先月、映画「コスタリカの奇跡(原題A BOLD PEACE)」とセットの講演会があり、そのとき、講師の著書を買い求めた。映画よりも講演のほうが、ずっと面白かった。たまたま偶然的に成り立っている小国、という程度に認識していたが、その中には、学ばねばならないものが潜んでいる。 ▼「世界で一番幸せな国、コスタリカ」は1949年、平和憲法を定め、軍隊をなくして浮いた軍事費を教育費にあてた。国家予算の30%が教育費である。コスタリカでは違憲訴訟の敷居が低い。「コスタリカでは市民が政府を相手取って気軽に憲法違反の訴訟を起こす」という。憲法裁判専門の窓口があって、24時間体制で受け付けている。 ▼ほかに、キューバ、ウズベキスタン、ミャンマーを扱っている。著者が事細かに現地取材している。 (2018.05)

瀧波ユカリ『ありがとうって言えたなら』文藝春秋
膵臓の末期癌で気の強い母親とのやり取りを描いた「コミックエッセイ」。 振り回されつつも、母を思う気持ちが出たり引っ込んだり・・・ いろんな「末期」があるだろうけど、頭がしっかりしているのも大変だ。 (2018.05)


西尾正道『放射線健康障害の真実』旬報社
3月に富山で「原発事故と内部被ばく」と題する講演会があり、そのときに著書を買い求めた。著者は放射線治療の専門医であり、治療目的で、放射線を照射し、線源を埋め込んでいる。 ▼講演のなかで、ICRPやUNSCEARを激しく批判していた。内部被曝に対する「国際機関」の考え方が、あまりにもひどい、ということについては、前々から思っていたことであり、共感したが、では、それに代わるものがあるのか、となると難しい。この本でもECRRの判定方法を紹介しているが、これはこれで、いまいち納得がいかない。 ▼核種と臓器と線源の状態などを条件づけないと危険性のレベルを示すのが難しい。内部被ばくについての研究が、なぜにこうも遅れているのか…もどかしい。 ▼最後のほうで、著者の地元・北海道の驚くべきデータを紹介している。北海道健康づくり財団の報告では、原発のある泊村のがん死亡率は断トツに多く、2番目に多いのは隣町の岩内町である。‥「がん死亡率」を集計すると泊村は10万人当たり2450人であり、(道内データの)中間値1120人の倍以上の患者数となっている。「この事実は誰も気にとめず、報道されることもない」と嘆いている。 (2018.06)

明石順平『アベノミクスによろしく』集英社インターナショナル新書
帯のキャッチコピーに「豊富なデータにより、アベノミクスの本当の姿が今、明らかに!」とある。対話形式でアベノミクスの経済学的な解説を行う。経済用語と統計数値が怒涛の如く押し寄せてくる。 ▼第8章に「総まとめ」が箇条書きで示されている。 @異次元の金融緩和を行っても、マネーストックの増加ペースは変わらなかった。物価上昇は消費税の増税と円安によるものだけ。マイナス金利も効果なし。  A増税と円安で物価は上昇したが、賃金がほとんど伸びなかったので消費が異常に冷え込み、経済は停滞した。  B経済停滞をごまかすため、2008SNA対応を隠れ蓑にした異常なGDP改定が行われた。  C雇用の数字改善は労働人口減、労働構造の変化、高齢化による医療・福祉分野の需要増の影響。これはアベノミクス以前から続いている傾向で、アベノミクスとは無関係。  D株高は日銀と年金(GPIF)でつり上げているだけ。実体経済は反映されていない。  E輸出は伸びたが製造業の実質賃金は伸びていない。また、輸出数量が伸びたわけではない。円安で一部の輸出企業が儲かっただけ。  F3年連続賃上げ2%は全労働者(役員を除く)のわずか5%にしか当てはまらない。  Gアベノミクス第3の矢の目玉である残業代ゼロ法案は長時間労働をさらに助長し、労働者の生命と健康に大きな危険を生じさせる他、経済にも悪影響を与える。  H緩和をやめると国債・円・株価すべてが暴落する恐れがあるので出口がない。しかし、このまま続けるといつか円の信用がなくなり、結局円暴落・株価暴落を招く恐れがある。  ▼著者は経済学者かと思ったら弁護士だとのこと。 あとがきに「うまくいってないかもしれないけど民主党政権時代よりはマシだろうと思っていたが、自分で統計データをいろいろ調べてみたら、アベノミクスは想像を絶する大失敗だった」と述べている。以前に日銀による株価操作とそれに依拠する投資家の存在を知って驚いた()…が、 それどころではない。こんな国を次世代に残していいのだろうか。(2018.06)


鈴木達治郎『核兵器と原発』講談社現代新書
著者は長崎大学教授(核兵器廃絶研究センター所長)。震災の時は「原子力委員会」の委員だった。当時、原子力政策をゼロから見直す作業に取り組んだ。しかし、あの時の危機感を共有している人がどれだけいるだろう…と問いかける。福島事故の教訓に向き合わず、3.11以前の原子力政策に後戻りしている。さらには、核兵器転用に含みをもたせる日本の政策が核廃絶への世界の動きを阻害している。 ▼トリチウム汚染水について…「リスクが許容範囲にある汚染水は、地上で長期に貯蔵しておくよりも、規制値以下であることを確認しつつ、海水に放出する方がリスクは少ないだろう」 と甘い判断を示している。 ▼プルサーマルで使用した燃料からのプルトニウムのリサイクルは高速増殖炉がないと難しく、使用済みMOX燃料は行先がなくなって、そのまま地層処分するしかなくなる。再処理は直接処分より経済性で劣っている。再処理を進める根拠はもはや崩れている。 ▼「核兵器禁止条約」(2017.7.7採択)の意義を著者は3項にまとめている。 @国家の安全保障の観点ではなく、「国際人道法との合致」「人間の安全保障」の観点から作られた。 A核保有国ではなく非核保有国が牽引力となり市民社会が連携した。条文のなかに「被害者支援」や「環境改善」が明記されている。 B核兵器に「悪の烙印」を押した。核兵器を使った威嚇も禁止している。 (2018.07)


薬師寺仁志『ポピュリズム』新潮新書
本の帯には「民主主義の自爆が始まった」とある。社会の分断を扇動する政治家が、至る所で熱い支持を集めている。エリートとインテリを敵視し、人民の側に立つと称する。ポピュリズムは民主主義にへばりついた「ヤヌスの裏の顔」である、と著者は言う。 ▼ポピュリズムは、民主政治の手続きを通して出現する。いったいどこに問題があるのか。 間接民主主義では、選挙という手続きによって、「賢明な」一部の人々が多数者を支配する。 直接民主主義では、たとえ無知や誤解に基づく施策であれ、全員で決めさえすれば何でもあり、ということになる。「民主主義」の源を探っていくと、ポピュリズムとは何なのか、ますます混乱してくる。 ▼多くの人々を扇動するには、中身のない旗印─「改革」がその典型─を掲げるのが最も好都合である。深い議論の対象にならない単純な言辞ほど、人々を躊躇させることなく、無条件に惹きつけてしまうのだ。 ▼歴史や政治哲学など、多方面にわたって論及されていて、ついていくのが大変だ。著者は橋下徹を批判したためにネットなどで集中攻撃を受けたことがあるらしい。この風潮は何なのか?  ▼近頃のメディアの状況は「受け」を狙うばかり。NHKの番組でもバラエティやドラマが急拡大している。ポピュリストという政治勢力だけでなく、このような世論形成システムの劣化が、社会の未来に影を落とす。(2018.8)

橋本健二『新・日本の階級社会』講談社現代新書
1980年あたりを境に、日本の格差は拡大し、21世紀にはいって「格差社会」と称されるようになった。…現代の日本社会は、もはや「格差社会」などという生ぬるい言葉で形容すべきものではない。それは明らかに「階級社会」なのである。 ▼SSM調査をもとにした分析。社会階層と社会移動全国調査 (SSM調査 The national survey of Social Stratification and social Mobility) は、日本の社会学者によって、1955年以来、10年に一度行われている、社会階層や不平等、社会移動、職業、教育、社会意識などに関する社会調査。 ▼「階級」の定義の仕方はいろいろある。著者は資本家、新中間階級、旧中間階級、労働者階級、アンダークラス(非正規労働者)の5つに分けて分析し考察している。 アンダークラスという新しい下層階級を犠牲にして、他の階級が、それぞれに格差と差異を保ちながらも、それぞれに安定した生活を確保するという、新しい階級社会の現実である。 ▼正規労働者と非正規労働者(アンダークラス)の異質性が大きくなってきた。両者の間には収入に約2倍の差があり、貧困率には5倍程度の差がある。健康状態やストレス、社会性の欠乏、不安などに注目すると、アンダークラスは他の4つの階級との間の格差が大きい。 アンダークラスの女たちは、過半数が離死別を経験しており、親や子との同居の率が高く、貧困率が高い。現代の階級社会の矛盾がもっとも集中している。 ▼アンダークラスでは、所得再分配を支持するが、いっぽうで排外主義を支持する傾向がある。 戦後の左派的運動では平等と平和を求めてきた。逆に右派は、「悪平等」として平等主義を否定し、軍備の拡張を求めてきた。 アンダークラスの内部に、ファシズムの基盤が芽生え始めている…  ▼自己責任論は、格差社会の克服を妨げる狭量なイデオロギーである。 自己責任論は、本来は責任をとるべき人々を責任から解放し、これを責任のない人々に押しつけるものである。格差の縮小のための方策として著者が提起するもの… @賃金格差の縮小 A所得の再分配 B所得格差を生む原因の除去  (2018.08)


橘木俊詔『福祉と格差の思想史』ミネルヴァ書房
20年ほどまえに読んだ、『日本の経済格差』は衝撃的だった。日本の格差論議の嚆矢と言っていいと思うが、先日読んだ橋本健二『新・日本の階級社会』では、橘木俊詔の名はまったくでてこないし、文献の紹介もない。どうなっているのだろうか? ▼社会保障制度の成立に役割を果たした政治家や学者を紹介する。 「ナショナル・ミニマム論」を提唱したイギリスのシドニー・ウェッブとベアトリス・ウェッブ夫妻、スウェーデン型福祉国家論のさきがけとなったスウェーデンのグンナー・ミュルダールとアルヴァ・ミュルダール夫妻、ドイツのマルクスとビスマルク、などなど、多くの人物を紹介している。 ▼著者はアメリカ流の自立主義よりもヨーロッパ流の福祉国家が望ましい、としている。かといって、北欧流の高福祉・高負担は国民が受け入れがたいだろうから、ドイツ、オランダ、フランスのような中福祉・中負担を目指すのが第一歩と言う。 (2018.09)

山崎史郎『人口減少と社会保障』中公新書
著者は東大法学部卒。2016年まで厚労省などの官僚を務めた。さすがに国の政策や法制、地方での試みなどに詳しい。 社会保障をゆるがす3つの変化…@「家族」の変化 A「雇用システム」の変化 B「人口減少」を挙げ、分析している。 ▼いわゆる「核家族」どころか「単独世帯」などにみられうような、家族の「個人化」が進んでいる。 さらに非正規雇用の増大、晩婚化、未婚化、出生力低下などが重なり合って、社会の形が変わってきた。 ▼医療、老齢(年金)、失業、介護、と社会保険方式が日本の社会保障を牽引してきた。 被保険者の制度間格差などから社会保険とはいいながらも国庫負担は増加している。 従来のような医療や失業のリスクにたいする保障だけでは解決できない問題が増大している。「社会的孤立」の増大が、職業的復帰や社会的復帰を阻んでいる。これからは「共生支援」が必要、と著者は強調する。 ▼制度間の保証を継続的なものにするための手法として、フィンランドの「ネウボラ neuvola」(「アドバイスの場所」という意味)を紹介している。また、同じくフィンランドの「ラヒホイタヤ」という教育システム=「二階建て」による専門人材の養成を提唱している。 ▼著者は介護保険制度の立ち上げにかかわった経歴の持ち主らしい。終章ですこしだけ触れている。当時、地方の末端の関係者として関わった者として、感慨を覚える。当時、立場の違いを超えて、官僚らの真剣さに共感を覚えたものだ。 (2018.09)


梯(かけはし)久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』岩波新書
原民喜の伝記。1905年、広島生まれ、少年時代から小説家を目指し、慶応大学文学部英文科卒。妻と死別。疎開先の広島で被爆。戦後、「三田文学」や「近代文学」で活動したが、51年3月13日、鉄道自殺。同人誌の仲間には丸岡明、埴谷雄高、遠藤周作などがいる。 ▼実家は軍のご用達の繊維商。「民喜」の名は、日露戦争の終結の年に生まれたことから「民が喜ぶ」という意味とのこと。原の小説のテーマは、子ども時代の回想、妻との死別、被曝体験の三つに大別される、という。▼極端な無口で、「誰とも話さず孤立している」ような人物だった。慶応大学文学部予科3年ころから左翼運動に傾倒したが、検束され、運動から離脱した。左翼運動にかかわっていた1年半は、原の人生の中で、社会に向かって能動的に働きかけた唯一の時期。 ▼1932年、8年かけて大学を卒業。 翌年3月、見合い結婚。民喜27歳、貞恵21歳。貞恵は広島の商家の娘。結婚後も定職を持たず、実家の財力に頼る生活をつづけた。貞恵は、夫の才能を信じ、文学に専念できる環境を整えた。「母親のような存在」と評されている。1939.9貞恵発病、1944.9死去。 ▼広島の実家で被爆。それまでの原は、心象風景のみを書き続けてきた。原爆という未曽有の事態に遭遇したとき、目と耳でとらえた事象を記録し表現した。「原子爆弾」との題名で「近代文学」に掲載を予定していたが、占領軍の検閲を通りそうもないと判断され、題名を「夏の花」と変えて、事前検閲のない「三田文学」に掲載された。 ▼1951.3.13、国鉄中央線の吉祥寺駅 - 西荻窪駅間の線路に身を横たえ鉄道自殺する。 ▼【以下、当HP亭主の私事】 なにか似通った気性に危険を感じ、原民喜の作品は読んだことがない。はるか昔、不本意ながら歯学部進学を迫られて悩んでいた。まわりの大人から「歯医者は食い扶持のためと割り切って好きなことをすればいいじゃないか」との助言を受け、自分を抑えた。上京してすぐに同人誌に加わって活動した。しかし、教養課程の2年が終わり、専門課程に進むころ、中途半端な「二刀流」では駄目なのではないか、と思い悩むようになった。そして、「何を書くか、ではなく、どう生きるか。一編の作品のように生きよう」と決断し、筆を納めた。そもそも、大それた才能があるわけでもなく、田舎の文学少年のちょっとした曲がり角にすぎない。悶々としながらも、少しでもましな生き方を、と努めてきたが、古希を迎え、はてさて帳尻はどうなったやら・・・  (2018.10)

一橋文哉『オウム真理教事件とは何だったのか?』PHP新書
2018.8.14初版。麻原らオウム幹部の死刑執行(7/6、7/26)の直後に出版された。死刑執行後に出版するという条件で取材していた部分もあるとのこと。 ▼1996.10.18井上喜浩を証人とする麻原の第13回公判が転機となり、異常な言動が出現した。弟子たちの洗脳が解け、麻原に追従しなくなったことに失望と焦燥を募らせた。 ▼「宗教」化する以前の時期に麻原のまわりに3人のブレーンがいた。詐欺師「神爺」、阿含宗時代からの仲間「長老」、インド系宗教団体に属していた「坊さん」。そのうちの一人、詐欺師仲間から「神爺」と呼ばれた天才的詐欺師とは麻原が大分で世話になった山口組系の暴力団石井一家の二代目総長を介してつながりができた。 ▼地下鉄サリン事件で使われたサリンの一部はロシアから密輸入されたものの可能性がある。オウムはロシアのマフィアを介して核兵器を入手していた、とする情報もある。92年から95年にかけて早川紀代秀はロシアを頻繁に訪れている。 教団が武装化する時代になると、初期の参謀役「長老」「坊さん」は脱会し、「神爺」も距離を置くようになっていた。代わって麻原の参謀役をつとめたのは早川紀代秀、村井秀夫、上祐史浩の3人であった。 ▼95年3月20日、オウムのチャーターした飛行機2機がAK74などの武器を満載してウラジオストックへ向かったが、これらの武器は日本には届かなかった。 この時期、早川は、ロシアの仲間に「やってられないぜ。もうアサハラにはついていけないよ」と言っていたという。早川を支持する信者グループが教団を大量脱会していた。これらのことから、早川があたらしい宗教集団をつくろうとしていたのではないか、とのこと。 ▼村井秀夫刺殺事件は実行犯が捕まったとはいえ真相は藪の中。國松孝次・警察庁長官狙撃事件は警察の不首尾もあって迷宮入り。オウムの残党は一時は千人まで減ったが、根強く生き続け、最近はむしろ増えている。「オウム真理教には、闇に包まれた部分がまだ多く残っている。… オウム真理教事件は、教祖の死刑執行では終わらないのである」と結んでいる。 (2018.10)

小岩昌宏・井野博満『原発はどのように壊れるか』原子力資料情報室
「金属は結晶である 金属は生きている 金属は老化する」「このことを解説したのが本書である」 (小岩昌宏:京大名誉教授)とのこと。前半は金属に関する基礎的事項の解説。昔学んだ材料学や物性物理学を思い出す。まったくの門外漢ではないはずだが、難しい数式やグラフがあふれていて、途中でギブアップして飛ばして読んだ。(2018.10)


堤未果『日本が売られる』幻冬舎新書
公共財産の市場化がテーマであり、「今だけカネだけ自分だけ」という言葉が繰り返し登場する。 ▼この著者はひじょうにに細かい見落とされがちな事実をとらえ、それを歴史的に国際的につなぎ合わせて検証する。いつものことだが、その能力には感心する。 ▼農薬、遺伝子組み換え種子などについて、日本は世界から見てたいへん規制の甘い国だという。食物の表示などについても、米国の要求に屈して規制を緩和している。 ▼今年5月、「働き方改革法案」が衆院で可決された。これで「過労死」は減少する。労働時間の規制がなくなり、過労とみなされなくなるからだ。対象職種や賃金額は法に定めず省令で決めることになっている。これは「働かせ方改革法案」だ。 ▼第3章では「売られたものは取り返せ」と題してマレーシアや欧州の例を挙げている。(2018.11)

松本猛『花と子どもの画家ちひろ』新日本出版社
生誕100年記念企画の前進座「ちひろ−私、絵と結婚するの−」を観劇した折に買い求めた。 ▼50年ほどまえ、お茶大の学園祭でちひろの講演を聞いた。アハハと笑うことはなく、オホホとかウフフという感じの、いいとこのお嬢さんのような話し方だった。声のトーンも高くて、周りの女子大生よりも、よほど女学生っぽい感じがしたことを思い出す。50歳前後だったはずだが、とても若く見えた。「安曇野ちひろ美術館」へは何度か行ったことがある。 ⇒CHIHIRO ART MUSEUM  ▼父母の実家は松本。漢字で書くと「岩崎知弘」、母・文江は女学校教師、父(婿入り)・正勝は陸軍の技師。生まれたのは、母親の勤務地・福井の武生。 ▼ちひろは母の勤める東京府立第六高等女学校に入学。洋画の岡田三郎助に入門。女子美術専門学校受験は両親の反対で実現せず。高女卒業後、藤原行成流の書を学ぶ。 ▼1939年、結婚して大連へ。しかし、夫は1年ほどして自殺。東京に戻る。空襲で東京の家が焼かれ、信州に疎開。 ▼戦後、上京して新聞記者となり、「池袋モンパルナス」の丸木位里・俊夫妻の知遇を得て、絵の世界に入っていった。その後も、いろんな出会いがあり、絵を専業とするようになる。 ▼1950 松本善明と結婚。弁護士を目指す善明を支える。1951 一人息子・猛を出産。 1974 肝臓癌のため死去。享年55。 1977 自宅跡地に「いわさきちひろ絵本美術館」、1997 長野県北安曇郡松川村に「安曇野ちひろ美術館」が開館。 ▼以前に「安曇野ちひろ美術館」館長だった松本由理子さん(猛の妻)の講演を聞いた記憶がある。東京芸大出身どうしの夫婦は、その後離婚したらしい。また、松本善明はちひろの死の7年後に再婚したらしい。 (2018.11)

 

橘玲(たちばな・あきら)『朝日ぎらい』朝日新書
朝日新聞を批判したり擁護したりするものではなく、ネットを中心に広がる“朝日ぎらい”現象を分析する‥と冒頭で述べている。 ▼10代、20代の男性で安倍支持が突出している。 女より男、若いほど政治に関心を持ち、過激になる。これは時代・地域を超える特性。 若者の政治意識調査では共産党は「保守」的ととらえられている。 ▼「定職をもたないか、非正規で低賃金労働に従事する貧しい若者」が一般的なネトウヨ像だと思われるが、いくつかの調査からは、週に100回以上のヘイト発言をアップする「コア層」の中心は40代である。 「歴史修正主義」「弱者利権批判」「マスゴミ批判」は欧米でも似たような構造。それは、お互いをまねているのではない。より根源的な背景がある。 ▼米国では「白人であるということ以外に誇るもの(アイデンティティ)のないひとたち」がトランプを支えている。 日本では「日本人であるということ以外に誇るもののない日本人アイデンティティ主義者」がネトウヨとして活動する。日本の右傾化とは、嫌韓・反中を利用した日本人の「アイデンティティ回復運動」のことなのだ。 ▼脳科学では「正義は快楽である」〜不道徳な不正を働いたものをバッシングすることは、ドーパミン放出を促し、快楽をもたらす。 「愛国原理主義」はイスラムのISにも共通する。「アイデンティティ化」は世界に広がる。 ▼「戦後民主主義」の価値観を“保守”しようとする“ガラパゴス化”した日本のリベラルはネオリベ(新自由主義)から守旧派と批判され、その一方で「日本人アイデンティティ主義者」からは、「反日」のレッテルを貼られてバッシングされる。 ▼雇用、麻薬、憲法などで日本の「リベラル」の逆転現象を指摘し、あとがきで「リベラリズムを蝕むのは右(ネトウヨ)からの攻撃ではなく、自らのダブルスタンダードだ」と「日本的リベラル」を批判している。 (2018.12)

尾内康彦『続・患者トラブルを解決する「技術」』日経BP
6年前の本の続編。 冒頭で、問題解決の手順の基本としてSBAR(エスバー)を紹介している。S:Situation=状況、B:Background=背景、A:Assessment=分析、R:Recommendation=対策。 もともと米国海軍で使われていた手法とのこと。 ▼患者トラブルは増加し、難易度が増している、という。確実に増加してるのは、何らかの精神症状が疑われる患者、あるいは家族が引き起こすトラブルである。その4タイプを挙げている。 @認知症が疑われる患者  A統合失調症が疑われる患者  B境界性パーソナリティー障害が疑われる患者  C双極性障害が疑われる患者  ▼このうちの「境界性パーソナリティー障害」は特に要注意であり、特徴を列記している。 (出典は岡崎尊司『境界性パーソナリティ障害』幻冬舎) @矛盾に対する許容力の乏しさ  A二分法的な認知と過度の一般化  Bネガティブな認知  C自分の問題と周囲の問題のすり替え  D事実と解釈の混同  E見捨てられることへの過敏な反応  F根拠のない自己否定・罪責感  G自分の基準を相手に期待  H変化やチャレンジを避ける  I努力は嫌なのに理想にこだわる  ▼第2章から第5章まで、「実例で学ぶトラブル解決術」として42の例を示している。とくに「一筋縄ではいかないハードクレーマー」と題する章に重きが置かれている。 警察沙汰になることの多いモンスターペイシェントとは異なり、ハードクレーマーは暴れたり怒鳴ったりはせず、電話やメールなどを駆使して、さまざまな要求を突き付けてくる。プライドが高く、慎重で小心、頭の回転がいい、知識が豊富、執拗で粘着性─  モンスターペイシェントと違って、接し方が比較的ソフトなため、医療機関側もつい油断して、傾聴の姿勢で臨んでしまう。それがかえって泥沼化を招く。 ▼最後に「患者トラブル解決に関する三原則」を掲げている。 @優しいだけでは、医療は守れない。  Aクレームに強くなければ、これからの医療は守れない。  B医療現場で働く人を守れないで、患者を守れるわけがない。  (2018.12)


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ダイモンジソウ(大文字草)