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JMAT参加レポート

2011.04.25まで「富山県保険医協会歯科医局メーリングリスト」に投稿した文面を収録します。その際、若干の字句の修正や追加があります。歯科関係者むけの文章なので、一般の方にはわかりにくい用語もあるかもしれませんが、そのままにしました。

ご意見などがございましたら、こちらへお願いします


      注)富山のJMATチーム編成は、基本的に医師1名、看護師2名、運転手および渉外調整役として事務員2名、計5名の構成。3月19日より5泊6日の日程で第1陣から順次派遣し、第6陣は4月8日〜4月13日。通常の編成に歯科医1名、事務員(歯科助手兼)1名を加えて7名の編成となった。さらに現地で薬剤師が2〜4名、市役所職員1名が加わる。


1)口腔衛生  2)避難所格差  3)医科歯科連携  4)避難民  5)切削器具  
6)受診勧奨  7)放射線  8)口腔乾燥  9)義歯  10)口腔ケア  11)余震  
付)集計  付)放射線(被ばく)  前ページにもどる


1)口腔衛生

JMATでいわき市へ行くことになって、戸惑いながらも、 現地の歯科医院がかなり復活しているとのことでしたので、 治療より口腔ケア、と考えました。 (なかなかそうもいかなかったのですが、それはいずれ…)

歯ブラシを用意して行ったのですが、避難所の支援物資にも、 現地歯科医師会の支援物資にも、歯ブラシがてんこ盛り状態でした。

いっぽう、避難所では100人以上が雑魚寝状態で暮らしていて、 いまだに給水車に頼っている避難所もあります。あるいは上水が復活していても蛇口は屋外に2〜3個 という状態です。トイレも仮設のところがあり、そうでなくても 屋外に出ないといけないところが多くあります。

体育館の造りはそういうものなのかもしれません。 元気な子供たちが走り回って使うものです。 避難所として使うことは想定外かもしれませんが、 このさき体育館その他の公共施設を建設するときには いざというとき避難所にできるような造りにしてほしいものです。

いっぱんに障害されるのは下水より上水のほうが多いようですが、 いったんダメになると上水よりも下水の復旧が遅れる場合が多いようです。
ともあれ、避難所では上下水道とも不便な状況にあります。 ふだん何気なく照明と鏡のある洗面所で歯磨きしていますが、 避難所の暮らしでは、なかなか困難です。 清掃状態が悪く、歯間部への食片圧入とそれにともなう歯肉の腫脹が 何例かみられました。

阪神淡路の教訓からの「水の使用を最小限にしたい場合の口腔ケア」 という文献を探し出して、それを参考にしようと目論んでいたのですが、 現場では「水を使わない口腔ケア」が必要だと思いました。


参考文献
 ↓
口腔ケア学会「水の使用を最小限にしたい場合の口腔ケア」
http://www.oralcare-jp.org/pdf/minimum_water.pdf

災害時の口腔ケア・歯科治療 平易な「Q&A」
http://www.oralcare-jp.org/pdf/disaster_q_and_a.pdf

2)避難所格差

4月12日現在で、いわき市内の避難所は45ヶ所、3042人 となっています。 「巡回診療」方式でしたので、多くの避難所を回りました。 (1日目9ヶ所、2日目8ヶ所、3日目5ヶ所、4日目4ヶ所、重複あり)

45ヶ所のうち100人以上を収容する避難所は12ヶ所、 いっぽう20人以下のところは7ヶ所あります。 大きいところは、学校の体育館が多く、公的なスポーツ施設なども あります。逆に小さなところは町の集会所や公民館、学校の教室の 1室、という形が多いみたいです。

テレビなどに登場する避難所は大規模なところが多く、家族ごとに ダンボールで間仕切りがしてあったりします。 しかし、私達が回ったところでは、しっかりとダンボール間仕切り がしてあったのは1ヶ所だけでした。

大きな避難所ではボランティアが炊き出しをしたり、演奏会が開かれたり、 また避難所の世話をする人もいます。 炊き出しのお相伴にあずかったこともあります。 マジックショーが開かれていて診療がすぐにできなかったこともありました。 物資もたくさん集まっています。 いっぽうで小規模の避難所では物資も少なく、ひっそりとしています。 世話人もいなくて、公民館や学校の職員が片手間に管理しているため、 人数の把握でさえ、はっきりしないことがあります。

逆に、大規模な避難所は固い床にマットや毛布を敷いただけのことが多く、 小規模なところはタタミ敷きの場合も多くあります。 トイレや水も屋内で使いやすい。 寝心地は小規模のところのほうがよさそうです。

市役所では毎日、午後4時現在の状況を電話で聞き取り調査しています。 しかし、現場へいかなければ見えてこないこともあります。 45ヶ所もあると、一回りするだけでも大変です。 避難所全体の状況把握がうまくいっていないような印象をうけました。

      追記)ある避難所の屋外にテントがひとつ張ってあり、不思議に思ったら、なかなか他の人となじめない人がいて、そこで生活しているとのことでした。昼間から酒を飲んでいて、近づくと怒鳴られたりする、とのこと。避難所に入らず、壊れかけた家で過ごしている人もいます。見えにくいところにも被災者がいます。

      追記)その後、ダンボールで間仕切りをする避難所が増えていったとのことです。プライバシーの面ではプラスになる半面で、とくに高齢者などでは、状態が把握しにくくなったり、相互の交流が少なくなるなどのマイナス面もでているとのことでした。これは仮設住宅に移った場合にも問題になるところです。

3)医科歯科連携

JMAT(日本医師会災害医療チーム)に加わることのメリットとして 第一に、移動、宿泊などのサポート体制に乗っかれることがあります。 第二に、医科と歯科と連携できないだろうか、という期待がありました。

サポート体制について。
現地の医師会、現地の自治体との連携がしっかりしていました。 宿泊所には競輪場の選手宿舎が提供されました。 定員4人の部屋に寝具もあります。共同風呂、洗濯機もあります。 食事はパックの弁当(夕食)とオニギリ(朝食)が配布されます。 各チームに、道案内役として市役所職員が一人張り付きます。 毎日の活動終了後のミーティングには市の保健師が出席します。 県医師会の制服もありましたが、これはサイズが合わないと厳しいので、 使う人もいれば使わない人もいます。(私は使用せず)  ともあれ、医師・看護師は、極端な話、着の身着のままで参加できます。 これらの費用は日本医師会が負担しているようです。 現地の歯科医師会の方の話で、個人で支援に行きたいとの申し出があったが、 宿泊などのサポートが出来ないので断ったことがあるそうです。 現地のインフラがおおきく障害されている状態では、JMATのような 総合的なサポート体制がある組織を中核にするのが有利と思います。

第二の、医療面での連携は、理念として日ごろ思っていることです。
実際には、力不足時間不足で、充分な成果を発揮できなかったように思います。 1日目と2日目は、医科と一緒のチームで回りました。 基本的にはチームで担当した同じ避難所を回ります。 医科の場合には血圧や血糖値を毎日計測して経過をみる必要性があります。 歯科の場合には、毎日経過観察する必要性が低い。 いまひとつは、医科は終わっているのに歯科が終わっていなかったり、 その逆だったり、時間の無駄が出ることがありました。 これは「巡回」という形態のために生じる避けがたいロスです。 そんなわけで、3日目からは歯科単独のチームを編成して、 市職員(兼運転手)をつけてもらい、別行動で巡回しました。 その際には、医科のチームから歯科診療の必要なケースについて リクエストしてもらって、ワンポイントで訪問するようにしました。 初日、医科チームからは2件のリクエストがありました。 おそらく、あるていどの期間つづければ、そのようなシステムが うまく動くようになったかもしれませんが、2日間だけでしたので、 成果も問題点も見えてきませんでした。

義歯の破折による鋭縁、歯の破折による鋭縁によって粘膜に褥瘡を 生じているケースが2例ほどありました。医科だけのチームだと 軟膏の投薬で済ませることになるでしょうが、歯科が加わることで 鋭縁を丸めて原因除去ができます。 削合したとたん、「あ、楽になった」とにっこりされたとき、 涙が出るほどうれしかった。

ペットボトルを利用した簡易吸引器を作って持っていったのですが、 充分に活用できませんでした。一緒のチームの先生には「これはいい、 便利だ」と評価をいただいたのですが、巡回の現場では数個しか 渡せませんでした。ミーティングで、他のチームのメンバーにも 紹介すれば、もっと活用できたかもしれません。



      追記)現地で、各チームに薬剤師が2〜3名配属されました。近県の薬剤師会などからのボランティアが現地薬剤師会を通して組織されています。 診療に必要な医薬品などを準備したり、患者の持っている薬を調べたりします。同一成分でもいろいろと製品がありますから、医師も助かったと思います。 また、避難所では大衆薬や保健用品などがテーブルに山積みになっています。それを用途別に整理して、使用上の注意をメモして渡すなどして、世話人の方から喜ばれていました。

4)避難民

23日の北日本新聞の読者欄に、南相馬市から逃れてあちこちを 転々として、富山県内の親戚で4ヶ所目24日間の避難生活をし、 いまは軽井沢で5ヶ所目の避難、という投書がありました。

現地の人の話では、
親戚に避難しても、そうそう長居はできない。 そのうちいずらくなって、避難所に戻ることもある……とのこと。

避難所で。50代かと思われる男性。
ここ(避難所)にいれば金がかからないけど、出たら金がないし、 ここにいるしかない……とさびしそうに語りました。

避難所で。70代かと思われる女性。
ちょうど歯科医院で治療を受けている最中に地震にあった。 自転車で行っていたけど、車に乗せてもらって避難した。 おかげで命拾いした……とのこと。 その歯科医の行動には感服します。

ある避難所で、80歳前後かと思われる女性が椅子にじっと座っていました。声をかけてみたら、床に座ったり寝転んだりすると、起き上がるのが難儀なので、こうして、じっと座っているのだと言います。なるほど、と思いつつ、これでいいのだろうかと首をかしげながらも、何の答えも思い浮かびませんでした。

介護施設の入所者がそっくり移って来た避難所がありました。 広い部屋の床にびっしりと布団を並べて、多くの老人たちが寝転がっています。 認知症の人が、落ち着かない様子で、どこかへ連れて行ってくれと懇願します。 介護スタッフが走り回っています。 嘱託の医師・歯科医師が積極的に関わっているとのことで、一安心しましたが、介護スタッフは大変です。

避難所では原発難民と震災難民が半々くらいの印象を受けました。 実際のところどれくらいの比率なのか、はっきりしません。 避難生活は、まだまだ長丁場になるでしょう。 原発関係では10年単位で戻れればいいほうで、 永久に戻れない人も少なくないでしょう。

仮設住宅が出来たら終わりではなく、生活再建が不可欠です。

      追記)医療分野は長い歴史もあって、施設レベル・職種レベルでのオールジャパンの組織があります。それが災害時の支援に力を発揮しています。しかし介護分野は歴史が浅いせいか、なかなか支援の手が届いていないように感じます。今後、介護分野の横の連帯が強固になることを期待します。

      追記)ある避難所に発達遅滞と思われる女性がいました。 家族と一緒に避難しているようでした。 数多くの避難所を巡りましたが、障害者あるいは要介護者は見かけません。 普通の避難所で共同生活を送るのは相当な困難が伴うものと思われます。 どうしているのだろう、と心配になります。

5)切削器具

JMATに加わっていわき市へ行くにあたって、どんな器材を持って いけばいいのか、さんざん迷いました。

オサダのポータブルユニットを持って行き、避難所巡回の際にも、 車に積んで回りましたが、結局一度もつかわずじまいでした。 歯科医師会から各支部に配置された訪問診療ユニットの旧機種です。

体育館のような避難所で、電源を確保して設置する手間が大変です。 1日、あるいは半日でも、腰を落ち着けて診療する「仮設診療所」 のスタイルなら、それも可能でしょうが、巡回で、しかも避難所の 中でも動き回って求める人の側へ行くような移動診療のスタイルでは 機動性に欠けます。

ナカニシのビバメイト3というポータブルエンジンを多用しました。 充電式で、「連続使用1時間」と説明書に書かれています。 途中で1回だけ宿舎で充電しました。 ハンドピースはISO規格のジョイントになっているので、診療室の マイクロモーターのFG用5倍速コントラを1本外して持って行きました。 ところが、ライトのコネクタがついているために、ビバメイト のモーターとしっかりと接合しません。使用中に外れて困りました。 で、医療用の絆創膏をぐるぐる巻いて、外れないようにして使用しました。 P急発を起こした歯の削合や、残根の削合などに重宝しました。

一種のPTSDでしょうか、顎ががくがくと震えて、唇側転位している 歯が対合歯にぶつかって痛くなる、という人がいて、咬合調整したら とても喜ばれました。

ミラーとピンセットは使い捨てタイプのものを用意しました。 エキスカ、探針については、そんなに使わないだろうと思って、 診療室で使うものを10本ほどを別に用意しました。 実際には、エキスカ、探針も結構使います。 足りなくて、やむなくアルコール綿で消毒して使用しました。 探針はディスポの製品があるようですが、エキスカはなさそうです。

      追記)@最小限の応急処置にとどめ、A現地医療機関への受診を勧める、B口腔ケアを重視する、という基本方針で臨みました。したがって、麻酔や印象などの準備はして行きませんでした。JMATの医薬品から、抗菌剤、鎮痛剤、外用薬などを利用しました。

6)受診勧奨

事前に地元歯科医師会に問い合わせたところ、7〜8割の歯科診療所 が復活しているとのことでした。ただし、地域によって差があるようです。

現場では最小限の応急処置にとどめ、本格的な治療が必要な場合には 地元の診療所に受診を勧める、という方針で臨みました。

巡回診療に当たって、地元のN先生が付き添ってくださいました。 これがたいへん大きな助けになりました。 なにせ土地勘がないものですから、何々町から来ました、といわれても それが原発の避難地域なのか、津波の被災地域なのか、見当がつきません。 避難所の近くに歯科診療所があるのかないのか、それもわかりません。

よそ者にとっては、そもそも地名の「読み」さえ困難です。勿来(なこそ)、磐崎(いわさき)、四倉(よつくら)、御厩(みまや)など、避難所の名前すら最初は読めませんでした。巡回予定の避難所のリストが配布されるのですが、カナは振ってありません。こまかな町名となると、走熊(はしりくま)、腰巻(こしまき)、袖穢(そでよごし)など、びっくりするような地名があります。

N先生はたいへん地元の状況に詳しく、自院の患者さんもおられて、 会話が弾みました。受診を勧める場合にも、○○歯科が近いけど、 復旧してるかどうか…と、その場で電話して確かめてくださいました。
自らの診療所と自宅も被災しているのに、付き合ってくださった N先生には感謝と申しわけない気持でいっぱいです。

「災害時医療費の特別措置」について、避難所住民はほとんど知りません。 お金の心配をして受診をためらっている人が少なくありません。 制度の周知を図ることが必要です。
いまひとつ受診を妨げているのは交通手段です。 自家用車を持っている人もいますが、そうでない人も多くいます。 いわき市は思いのほか起伏が多く、避難所になっている学校などは 高台にあることが多いので、徒歩で町にでるのは大変そうでした。 入浴についてはバスで送迎していましたが、買い物や通院などの交通 手段も確保する必要があります。

歯冠修復物の脱離のケースが数例ありました。 支台歯の状態がわからないので、再セットはためらわれます。 仮着用のセメントを持参しなかったので、最初ユージノールセメントで代用し、 後に市歯の救急センターからテンポラリーセメントをお借りして 対応しました。

なかなか「想定」は難しいものです。
「想定外」への対応こそが危機管理だと痛感します。


7)放射線

4月12日、福島県の地方紙「福島民報」を見てギョ!としました。 原発30キロ圏内の久之浜(ひさのはま)で、がれきの前に立つ 私の後姿が大きく掲載されていました。

じつは、このときガイガーカウンターを操作していて、カメラに 狙われているなんて、まったく気づきませんでした。挙動を怪しまれたのだろうか…と心配しましたが、キャプションには何も書かれていませんでした。JMATのゼッケンとがれきの風景を組み合わせただけのようです。

昔、秋葉原で買ったパーツキットを組み立てたモノです。 秋月電子とかいう会社の製品ですが、いまは販売していません。 ガイガーミュラー管という心臓部のパーツを作る職人が いなくなったため、と聞いています。 おもちゃみたいな代物で、そもそも正確なものではないでしょうが、 放射線が「多い」「少ない」くらいは判断できます。

ただしJMATのメンバーのなかには若い人もいますので、 余計な心配をかけてはいけないと思い、こっそり持ち歩いて、 気づかれないように操作していました。

いわき市の中心部と久之浜で、大きな差はありません。 むしろ中通り地区(福島市、郡山市など)のほうがずっと高いようです。

毎日のミーティングの際には、空間放射線量の報告もあります。 福島県内の小中学校、保育園、幼稚園、総合庁舎での計測データが 一覧表になっています。 その数値をみると、やはり中通り地区が高い値を示しています。 中通り地区の高いところでは3〜4μSv/hの値です。

風評被害で、いわきナンバーの車が拒否されたり、福島方面への 荷物の配送が拒否されたりという話を現地でも聞きました。 過剰な反応は困ったものです。

線量に関する公式発表や報道については物申したいことがあります。 それについては、いずれ……

最後の日には保健所で「スクリーニング」を受けます。前と後、足を上げて靴の裏側も検査します。検査済み証明書を発行してもらいました。


8)口腔乾燥

避難所ではトイレの状態が悪いため、水分の摂取を控える傾向があり、 そのために口腔乾燥、ひいては脱水から来る高血圧や血栓症が多発する、 というレポートがあります。

じっさい、トイレの状態は悲惨です。
工事現場などで見かける、タンクの上に公衆電話ボックスのような ものがくっついた縦長のトイレは、高齢者や足の悪い人には出入りが 大変です。ある避難所では、屋外に小さなテントが2張りあって、 何だろ?と思ったら、中にポータブルトイレがおいてありました。 上下水の機能が生きている避難所でも、屋外のところが多い。 せめて屋根がついた渡り廊下があればいいのですが、完全に離れて 公園で見かける公衆トイレのようになっているところもありました。 1ヶ月もよく我慢できるものだと感心しました。

さて、口腔乾燥を予想して…
メーカーの協力を得て、ジェル状口腔湿潤剤「オーラルバランス」を 用意しました。また、以前にリハビリ病棟のスタッフから教わった 手製の「吸い口ボトル」を作って持って行きました。 ちいさなペットボトルのフタに穴を開けてストローを差し込んだもの です。ストローが軽く抵抗をもって入るように程よく穴をあけるのが コツです。これで、口の中を湿らす程度に少量ずつ水分を摂取します。

口の中が乾きませんか?と声をかけてみたのですが、あまり反応は ありません。話を聞いてみると、やはり口が渇くので、手元にペット ボトル飲料を置いているようです。 見知らぬ来訪者から声をかけられて、用心したのかもしれません。 アプローチの仕方に工夫が必要だったのではないかと反省しています。

ある避難所では、世話役のような人に使い方を説明して何個か渡しました。 むしろ、こういうやり方のほうがよかったのかなと思っています。


9)義歯

阪神淡路大震災のときは義歯の紛失が多かった()と言われています。 東日本大震災では昼の時間帯だったので、 紛失は少ないだろう、と予想していました。 実際に、義歯紛失のケースはありませんでした。 しかし、義歯不適などの義歯関連のケースは多くありました。

義歯破損のケースも2例ばかりあったのですが、レジンの硬化が 遅くて困りました。診療室ではお湯を用意しておいて硬化を促進 するのですが、避難所ではそうもいきません。 超即硬性のレジンまたは光重合のレジンを持っていけばよかった、 と後悔しています。

義歯については、破損や不適もさることながら清掃が不十分。 避難所の環境を考えると無理もありません。 夜、水の使える所へ行くのはしんどい。 義歯用ケースの需要が多かったのは予想外でした。 プライバシーのない空間で、カップめんの容器や紙コップに 入れておくのは、抵抗があるようでした。

避難所に集積されている支援物資には、歯ブラシや歯磨き剤は山と なっています。おおきな避難所では義歯洗浄剤もありました。 しかし義歯用ケースはありません。 義歯用ケースまでは気が回らず、わずかしか用意していませんでした。 急遽、地元の歯科医師会専務の先生から提供していただきました。

たぶん原発の避難地域だろうと思いますが、自宅へ義歯安定剤を 取りに行った、という人もいました。
義歯安定剤の代わりにティッシュペーパーを1〜2枚敷いて濡らす 裏ワザを教えて、実際にやって見せました。 「他の人にも教えてあげよう」と目を輝かせておられました。


10)口腔ケア

避難生活が長くなるにつれ、肺炎などの感染症による「関連死」が 増えることが知られています。 口腔を清潔にすることとで肺炎やインフルエンザの罹患が軽減され、清掃する行為が口腔粘膜を刺激して嚥下反射の機能維持が期待できると言われています。 とうぜん、避難所では口腔ケアが大切になる、と考えました。 歯ブラシを500本以上、スポンジブラシも300本ほど用意しました。

ほんらいなら歯科衛生士を伴って現地へいくべきところですが、 なかなかそこまでは手がまわらず、事務局員を「補助者」として連れて いくことにしました。しかし、にわか仕立ての補助者では、診療補助 どころか記録の記入さえままなりません。

現地で応援していただいた歯科衛生士さんに診療補助をお願いしました。 大変助かりましたが、せっかくのスタッフを口腔ケアに専念させる ことができず、たいへん申し訳なく思っています。 せめて、事前に事務局員の訓練をしておけばよかったと後悔しています。

もうひとつ口腔ケアに力を割きにくかったのは、思ったよりも 応急処置への対応に手間取ったこともあるかもしれません。 しかし、これは次第に比重は低下していくはずです。

このような反省の上で思うのですが、 避難所巡回は、むしろ歯科衛生士が主体となって行い、治療への要望 があったときには受診を勧めるか、個別に歯科医にリクエストして、 訪問診療で対応したほうがいいのではないでしょうか。通院補助のボランティアを活用することも考えられます。 これは医療機関が復活しつつある現地の状況を考えてのことです。 三陸などでは状況が異なるでしょう。


以下に災害時の口腔ケアについての資料のありかを示します。
  ↓

足立了平「東日本大震災−口腔保健の重要性について」
http://e-shika.org/pdf/higasinihon-110325.pdf

中久木康一ほか厚生労働科研の報告
目次(ここから各ページへ)
http://www.tmd.ac.jp/dent/os1/research_nkkk/naka2010.pdf
そのうちの歯科衛生士に関する項目
http://www.tmd.ac.jp/dent/os1/research_nkkk/nakapdf/02-04.pdf
パンフレットの部分
http://www.tmd.ac.jp/dent/os1/research_nkkk/nakapdf/10-01.pdf

中久木康一ほか「災害における歯科専門職の役割」(国立保健医療科学院)
http://www.niph.go.jp/kosyu/2008/200857030006.pdf

国立保健医療科学院:東日本大震災に関する保健医療関連情報提供サイト
http://www.niph.go.jp/topics/earthq_index.html
(災害時の口腔ケアに関する資料が紹介されています)

「全国在宅歯科医療・口腔ケア連絡会」(簡易吸引器の作り方など)
http://e-shika.org/dw.html

11)余震

「余震」というとオマケの小さいもののような語感があります。 いわき市で4月11日と12日に体験した震度6弱の「余震」は 初体験のすさまじい揺れでした。

1回目は巡回診療から戻り、市医師会館の2階でミーティングが 終わり、立ち話をしている最中でした。 そばにあった机にしがみついて立っているのがやっとで、天井が 落ちてこないかと心配しつつも、動くことはできませんでした。 すぐに停電になり、帰りの道路は信号機が停止したために大渋滞 になりました。

余震の余震とでもいうのでしょうか、そのあとも震度3〜4の地震 が続きました。その夜は、1時間か2時間おきに目が覚めるという 状態でした。

翌日、GSに行列ができ、道路が渋滞していました。 またガソリンが来なくなるのを心配したのでしょう。 避難所へ向かう途中の車中で、2回目の震度6弱に見舞われました。 車が、何かに乗り上げたみたいに上下に動き、さらに左右に揺れました。 電柱が大きくゆれ、火花が散ります。 避難所に着いたら、皆が校庭にでて避難していました。 その間にも余震が来て、中に入れません。 幸い好天でしたので、そのまま屋外で診療しました。

この余震のために、復旧しつつあったライフラインが、また7〜8割 ダウンしましたが、翌週にはほぼ復旧したそうです。 半壊状態だった歯科医院のうち2ヶ所が全壊になったとのこと。

震度2〜3の余震はしょっちゅうあります。診察している最中にも 余震が来て、ちょうど診ていたのは70代くらいの女性でしたが、 そばにいた衛生士にしがみついていました。 いっしょに回っていたN先生も余震のための睡眠障害に悩んでいる と言っておられました。 私も、ほんの数日の滞在だったのですが、こちらに帰ってからも、 風で窓が音を立てると「地震!」と驚いたり、自分の足元があぶな っかしくて踏み違えそうになったのを「地震!」と身構えることが ありました。 現地の人たちは相当に精神的ストレスがかかっていると思います。

      追記)余震の後、携帯電話、携帯メールとも通じなくなりました。 県医師会から派遣チームに衛星電話が貸与されていて、それを使って連絡をとり、 13日朝に出発の予定を12日夜出発に変更になりました。

      追記)地震のために宿舎のエレベータが止まりました。 最寄の階で止まるようになっていましたので、閉じ込められることはありませんでした。 私達は3階でしたが、もっと上の階の人たちは、上り下りが大変でした。 被災地の高層住宅に住んでいた人は、エレベータが止まり、水が出ない、トイレが使えない、という状況下で 大変苦労されたようです。

付)集計

いわき市各避難所における歯科医療活動(事務局)

    治療内容(延べ回数)

処置
    Cなどの仮封      4
    咬合調整        2
    残根削合        2
    冠・ブリッジの再装着  2
    義歯調整        12
    口腔ケア        2
薬剤処方
    抗生剤・鎮痛剤     5
    イソジン        4
    ケナログ        2
ブラッシング指導        4
衛生用品提供
    歯ブラシ・歯磨き剤   6
    歯間ブラシ・フロス   2
    スポンジブラシ     3
    オーラルバランス    3
    吸い口ボトル・吸引器  2  記録が無いが10個ほどは提供
    義歯ケース・洗浄剤   11
その他  
    口腔診査        3
    受診勧奨・相談     12


    診療した人数
    4月9日   18
    4月10日   13
    4月11日   27
    4月12日   16
    延べ    74

日時、場所、名前、処置などを記入する用紙があり、それを市医師会館に戻ったら提出する。
その際にコピーさせてもらって、事務局が集計した。

付)放射線(被ばく)

JMATとは離れて、放射線について思っていることをメモします。 これをもってJMAT関連の書き込みをひと段落としたいと思います。

【シーベルト】

自然の状態でも宇宙や大地、空中から放射線が飛んできます。 「空間放射線量率」はおおよそ 0.05 マイクロシーベルト(/h)程度です。 日本人の自然環境での被曝線量は1.5ミリシーベルト(/y)程度。
ICRPの勧告値(1年間に浴びて問題ない放射線量を平常時は1mSv未満、 緊急時には20〜100mSv )に基づいて、国は 20mSv/y 以上を基準として 計画的避難区域を指定しました。

    4月19日、文科省は、校庭の空間放射線量が3.8μSv以上の場合は屋外活動を制限するよう通知。 1日のうち16時間を屋内で、8時間を屋外で過ごす場合を想定し室内の空間線量率を1.52μSvと仮定して計算している。

【シーベルトとグレイ】

シーベルトという単位は放射線の線種と人体の臓器によって「重み付け」 をしています。人体への影響を数値化した指標です。
線種では、ベータ線、ガンマ線を1としてアルファ線は20倍、中性子線は5〜20倍の係数。
臓器については、生殖腺の重みが最も大きく、つぎに骨髄、肺など。 ついで肝臓、皮膚など…
グレイという単位は、ミンチ状の人体1kgを仮定して、 放射線による吸収エネルギー(ジュール)を物理的に計測したものです。
Gy=J/kg

    (注1)古くは、ラド(rad)、レム(rem)が用いられました。1Gy=100rad、1Sv=100remです。
    1 ジュール = 1 W ・ 1 s = 1 ワット秒、1 ジュール = 約0.238 9 cal 
    (1ジュール:20℃の水1gを約0.24℃上昇させる)

【モニタリング】

「モニタリングポスト」という言葉を聞いた事があると思います。 原子力発電所周辺などに配置され、定点で放射線量(空間放射線量率)を常時監視しています。 物置のような建物の上にフタコブラクダの背中のような突起があり、 そこにセンサーが納められています。 ひとつは低線量用、もうひとつは高線量用。 これらはガンマ線だけを計測しています。計測値の単位はグレイです。

ここで二つの疑問が生じます。
(1)アルファ線、ベータ線を無視してガンマ線だけ計測して、それでいいのか。
(2)計測される線量はグレイのはずなのにどうしてシーベルトと発表されるのか。

(1)ガンマ線だけ?
「外部被曝」だけを測ろうとしているため、透過力の弱い アルファ線ベータ線を無視しているのだろうと思われます。 密閉されたクリーンな室内での被曝のような条件です。 それにしては中性子線を計測しないのは変なのですが、 これは「想定外」の重大事故のとき以外は放出されないからでしょうか。

(2)グレイ?
原子力災害対策特別措置法にもとづいて、緊急時には 1Sv=1Gy と読み替えることになっています。 全身に均等にガンマ線だけを浴びたと仮定すると1Sv=1Gy になります。

いずれの場合も「ガンマ線の外部被曝」だけをとりだして表現して いることに留意してください。


【急性障害と晩発性障害】または【確定的影響と確率的影響】

「ただちに健康に問題を生じるレベルではない」という表現が あふれた時期があります。 換言すれば「いずれ目立たずに健康に問題を生じるかもしれない」です。 1シーベルト以上は「ただちに影響がでる」レベルです。 累積被曝線量が多くなると障害が生じるのは当然です。
以上は大量被曝による急性障害または確定的影響の議論です。
低線量でも時間とともに障害が生じます。 たとえ線量が少なくとも疫学的に疾病や障害の発生が増えますが、 「閾値」のようなものがあるのかないのかでは説が分かれます。 ひとつの目安としてICRPの勧告値があります。

【内部被曝はどうなってるの?】

放射能を表す「ベクレル」をもとに核種、吸収経路、年齢などに応じた実効線量係数を掛けることで内部被曝の累積線量が「シーベルト」に変換されます。計算してみると、案外数値は大きくなりません。 そもそもICRPの基準では「臓器・組織の平均線量」で被曝を評価しています。 実際には、体内に取り込まれた放射性物質はごくせまい範囲に放射線を照射し続けます。 内部被曝についてはICRPのモデルは不適切だとする批判があります。 残念ながら、内部被曝の健康被害については、充分な知見が得られているとはいえません。

    チェルノブイリでのヨウ素131と甲状腺がん、アメリカにおける歯に含まれるストロンチウム90と小児白血病のように、明らかになっているものもあります。

内部被曝は微量であっても有害、とする考えのほうが妥当性があると思います。
現段階の研究レベルで因果関係が認められていないのを「因果関係がない」と言い換える、そんな逃げ口上を許さず、これを機会に、より多くの知見を集積する体制が作られるよう望みます。長期にわたる広範で精緻な疫学的研究が必要です。

    将来、晩発性障害が発症したときのために、内部被曝の試料として毛髪などを保存することを求める意見があります。抜いた歯も保存したほうがいいかもしれません。


【レントゲン撮影と被曝線量】

胸部レントゲン1枚と同じくらいだから心配ない。レントゲンCTのほうがずっと多い…というような 報道がなされます。
ガンマ線もX線も電磁波の一種です。 レントゲン撮影はX線単独の純粋な外部被曝です。
放射能汚染による被曝は、ガンマ線だけでないこと、外部被曝 だけでなく内部被曝の可能性があること、この点をあいまいにする 言い回しです。

パニックを恐れる余り、科学的根拠に基づかない気休めを連発すると、 余計に信頼性が揺らぎます。




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