数字でウソをつくな!(その35)
「100ミリシーベルト」が大活躍
「100ミリシーベルト」という数字がいろんなところに登場する。
100mSv以下では被ばくの影響が証明できない。ないのと同じ、心配する必要はない。(※) あるいは、100mSvの被ばくは「野菜嫌いや受動喫煙と同程度」(※)といった安心宣伝がメディア上を飛び交っている。年間100mSvでも大丈夫、と主張して「ミスター100ミリシーベルト」とあだ名をつけられた専門家(※
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)もいる。
「100mSv」という数字は、広島・長崎の被爆者の死因統計(寿命調査)から導かれたものであり、ICRPの勧告値も広島・長崎のデータに基づいていたはずだ。統計的な検出の限界であって閾値ではない、といいながら閾値のように扱われている。被爆の調査(後述)については、さまざまな問題があることが知られている。
11月中旬に放送されたNHKの番組でゲストの学者が提示していたパネルをビデオの映像から再現した(下図)。同じような図や表は他のマスメディアでもたびたび登場する。喫煙者はもとより、肥満、痩せ、野菜嫌いの者は放射線について心配する資格はない、と脅しているみたいだ。
成人病の調査と被爆者の調査、相当に異なる条件での調査を並列に扱っていいのか。発症リスクと死亡リスクとを同じ座標軸に並べていいのか、「がん」だけが問題なのか、そもそも、子どもや若者を除外したデータを比較して事足りるのか、などなど疑問があって、元資料を調べてみたが、疫学の専門用語が並んでいて理解するのに難儀する。
思い悩んでいたら、こんな解説があった。
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田崎晴明(学習院大学理学部 )被ばくによるガンのリスクについての誤った情報
(死亡リスクと発症リスク、相対リスクと絶対リスクを取り違えた言説が横行している)
あらためて図を眺めてみたら、タイトルは「がんのリスク」となっていて、死亡とも発症とも記述はない。
また、左下に「JPHC Study」と記して色がつけられている。どうやらグラフのバックの色を示しているようで、青の部分はJPHCのコホート研究が出典であり、黄色の部分は別個のものとして区別しているらしい。
黄色の部分については出典が示されていないが、原爆被爆者のLSS調査と思われる。慢性被ばくを理由にリスクを1/2に軽減しているようだ。その結果、「100mSv」(過剰相対リスク 2.5%)は女性の受動喫煙(1.02〜1.03)とグラフの高さがほぼ等しくなっている。
右端に 20mSvのグラフがあって、不思議に思っていたら、避難の基準とした「年間20mSv」では健康への影響がほとんどない、ということを示したかったようだ。後日(2011.12.15)、内閣府の有識者会議が「20ミリシーベルトで人が住めるようになる」とした。その際にもコホート研究を引き合いに出している。累積被曝線量と年間被曝線量とごっちゃにした話にはあきれる。「専門家」が間違うはずはなく、故意としか思えない。きわめて悪質だ。
このように、成人病の多目的コホート研究と、被爆者の寿命調査とを並べるやり方が流行している。成人病のリスクを明らかにしようというコホート研究を逆手にとって、被ばくのリスクを軽く見せることに利用されている。しかも、軽さを強調しようと小細工が施されている。
食品からの被ばくについても、当初は「外部被ばく内部被ばく合わせて生涯に 100mSv 」(2011.07.26)としていたのが、最終的には大転換して「食品からの内部被ばくだけで生涯100mSv」(2011.10.27)となった。さらに「平時にも適用される基準である」と述べ、「おおよそ100mSvを超える措置を講じることもありうる」としている。
別の公式文書では内部被ばくの寄与率を10%としているので、このことから逆算すると、生涯被曝線量1Sv(1000mSv)まで容認するのかもしれない。老若男女を問わず「日本国民全員が放射線業務従事者になった」、と考えるとつじつまが合う。
ALARAの原則(As Low As Reasonably Achievable)に照らして、そのあたりで線を引かざるをえないのかもしれない。ならば、放射線業務従事者に準じた健康管理や保障を行い、被害を最小限にするようにシステムをつくるのが政治の役目だろう。「大丈夫教」の宣撫工作は、数年は持つかもしれない。しかしやがて破綻したときの反動はむしろ増幅される。
参考:データの性格
(1)多目的コホート研究(JPHC Study) 国立がん研究センターや大学、保健所などの共同研究
がん・心筋梗塞・脳卒中などの成人病の発症に関わる生活習慣を明らかにするための研究であり、国内各地の集団(40歳以上)を長期にわたって追跡している。過剰相対リスクで表現される。「発症」であることに注意。
1990〜2010までの対象約140,420人のうち、がん罹患は16,962人、がんによる死亡は8,166人と記載されている。
医学医療の進歩とともに、がん以外の疾病で死亡することが少なくなり、長命になる。そのため、時代が進むにつれて、がんの発症、がんによる死亡が相対的に増加する。近年は「二人に一人ががんになる」「30%ががんで死亡する」といわれる。
(2)被爆者の寿命調査(LSS=Life Span Study) ABCCから放射線影響研究所に引き継がれた研究
1950年の国勢調査で広島・長崎に住んでいたことが確認された人の中から選ばれた約94,000人の被爆者と、約27,000人の非被爆者からなる約12万人の対象者を追跡調査している。腫瘍登録は広島では1957年、長崎では1958年に開始された。1958〜1998までのデータをもとに「30歳で被爆し70歳までの間にがんで死亡するリスク」として報告されている。
1Svで50%の過剰相対リスク増加→100mSvで5%と推定している。低年齢ほどリスクが高くなるが、被ばく時の年齢を30歳として補正している。
「死亡リスク」であることに注意。
なお、被爆がない場合の生涯リスクを20%としている。(※)
このことから「過剰絶対リスク」を概算すると、1Svで10%、100mSvで1%となる。
(3)ICRP2007勧告(国際放射線防護委員会) 被爆者のLSS調査をもとにした勧告
致死リスク係数を 1Sv 当たり5% とし、100mSvで0.5%としている。「発症」ではなく「致死リスク」であることに注意。また成人の被ばくを想定していることにも注意。
低線量の緩慢な被ばくを想定し、原爆による急性被爆の2分の1の影響と見積もっている。この「1/2」については科学的根拠によるものではなく政策的判断によって設定された、と元ICRP委員が語っている。(NHK「追跡!真相ファイル」報道による)
これは「過剰絶対リスク」であって、平常時のがんによる致死リスクが20%とすると100mSvで0.5%上乗せされて20.5%(過剰相対リスク2.5%)、1Svだと25%(過剰相対リスク25%)になることを意味する。
付記:被爆者LSS調査について
通常は、「30歳で被爆した成人の固形がんによる死亡リスク」をもとに議論されている。がん以外の疾患による死亡も増えている、白血病が増加している、子どもでは大人よりもリスクがずっと大きい、身長の伸びに差がみられる、などの知見が得られている。
いっぽう、被爆から12年ないし13年経ってからの調査でありその間に死亡した群は除外されている、非被爆者とされた対照群にも被ばくの影響が及んでいる可能性が大きい、などの批判(※1
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)がある。(LSS調査では爆心から2.5km以内を被爆者とし、遠距離での被爆者や残留放射線による被爆者は「非被爆者」として対照群に含まれる。内部被爆は考慮されていない。)
付記:ICRPの規制値について
年間の死亡確率が0.1%以上増えるレベル(過剰絶対リスク)を「受容不能(Unacceptable)」として(*)、
「作業者」では年間線量20mSv(生涯線量は1.0Sv=1000mSv)を規制値とする。実際の管理上は 5年間で100mSv とするが、いかなる1年間でも50mSvを超えてはならないという付帯条件がつけられている。
一般公衆については 1mSv/y としている。
ただし、非常事態が発生した場合には、年間20〜100ミリシーベルトの間に「目安線量」を設定する。回復・復旧の時期になったら、年間1〜20 ミリシーベルトの間に設定する。
(*)「年間の」死亡過剰絶対リスク 0.1% の計算。以下は想像にもとづくドンブリ勘定であることをあらかじめお断りしておく。LSS調査より1Svの急性被爆での生涯死亡過剰絶対リスクは10%。低線量慢性被曝ではリスクが2分の1になると仮定し 5%、「生涯」を50年、リスクは一定と仮定し、年 0.1%。1Sv(1000mSv)を50年で割り算して、年20mSv。ドンブリ勘定でICRPの基準にぴったり一致する。
付記:放射線業務従事者について
電離放射線障害防止規則、原子炉等規制法その他に規定される管理区域に立ち入って仕事をする者と、医療法などに規定される「放射線診療従事者」を合わせて「放射線業務従事者」と称する。18歳未満は従事禁止。
被ばく線量は、5年間で100mSv、1年間につき50mSvを超えない。(女子については、3月間につき5mSvを限度とする) ただし、緊急時は100mSv/yを限度としている。3月14日以降、緊急時の線量限度は 250mSvに引き上げられた。
当然、被曝線量の測定・記録、健康診断などが義務づけられ、万一のときには労働災害として補償される。白血病では、5mSv × 年数 を超える被爆で労災認定がなされている。
付記:食品中の放射性物質について
災害時の暫定規制値は「防災指針」に記述(23-25p、108-109p)されている。@放射性ヨウ素、A放射性セシウム、Bウラン、Bプルトニウムなどのアルファ線核種、これら4種の放射性物質について、それぞれ「指標値」を定めている。そのうちの放射性セシウムについては、5つの食品群に分け、摂取量などを勘案して、
年間の内部被曝が5mSv/y 以下になることを目安に、
200または500Bq/kgの指標値を提示している。なお、ストロンチウム90については、セシウム137の1/10と仮定してセシウムの指標値に含めている。(*) 2012年4月からは年間内部被爆線量が1mSv以下になることを目安とし、食品群を4つに再編し、10Bq/kg(飲料水)、50Bq/kg(牛乳・乳児用食品)、100Bq/kg (一般食品)の規制値を割り振っている。なお、ストロンチウム、プルトニウムについてはセシウムの指標値に含め、ウランについては1日量として独立させる。
付記:月100ミリシーベルト!
上には上があって、オックスフォード大学名誉教授ウェイド・アリソン(Wade Allison)氏は「1ヶ月100ミリシーベルトでも大丈夫」「生涯被曝線量は5000ミリシーベルトまでOK」と「ミスター100ミリシーベルト」も真っ青な主張をする。ICRPの基準は厳しすぎる、1000倍ほど緩和すべきといい、ALARA ならぬ AHARSの原則(As High As Relatively Safe)を提唱する。がん治療に用いられる放射線を「Relatively Safe」の目安にしているようだ。自動車の便益を享受するためにはリスクを受け入れなければならない。車に比べれば原発なんて…ということらしい。たいへん大らかな人だとは思うが……。
付記:週100ミリシーベルト
2012年10月25日の地方紙1面トップに「県内に高線量地点なし」という大きな見出しが躍った。原子力規制委員会が発表した放射性物質拡散予測を報じた記事である。まるで、避難する必要のない低線量だとでもいうようなムードである。ここで言う「高線量地点」とは、1週間(7日)で100ミリシーベルトを超えることを意味している。
線量率にすると600マイクロシーベルト/時、年間にすると5シーベルトを超える。5シーベルトとは、急性被爆なら半分以上の人が死ぬ、とんでもない高線量である。迷わずただちに避難しなければならないレベルであって、「高い」と「低い」の境目ではないし、避難の要否の基準でもない。発表の仕方、報道の仕方に大きな疑問を感じる。その後、シミュレーションの誤りが話題になったが、風向きや地形の問題以前に、この基準の意味をはっきり伝えなければならない。
付記:100ミリシーベルトで健康増進
地元で配布された原発擁護のビラに、低線量被曝はむしろ健康にいいというのが定説になっていて、『年間100ミリシーベルトの放射能を浴び続けていると健康が著しく増進する』と書いてあった。放射線ホルミシス効果のことであろうが、「定説」で、しかも「年間100ミリシーベルト」とは恐れ入る。これだけの被ばく線量なら、ICRPの基準でも10年たつと100人あたり5人の癌死亡リスク増加が見込まれる。ホルミシスの提唱者であるラッキー博士は、さらに被ばく線量と健康との利害の分岐点は年間1万ミリシーベルト(10シーベルト!)とまで主張する。こんなとんでもない「説」を権威ありげに流布するとは…あきれ果てる。サプリがわりに被ばくしたい人は、他人を巻き込まないでいただきたい。
付記:ぼやき
数字を弄繰り回すのはいいかげんにしてほしい、もううんざりだ。というわけで、とうぶんは「数字でウソをつくな!」はお休みしようと思っていた。生来、数字は苦手で、大学に入って真っ先に落とした単位は「数理統計学」だった。もともと苦手意識があるので、数字を目の前にすると、一呼吸おいて、ゆっくり考えるのが習性になった。ひっくり返しもっくり返し数字を眺め、その結果、黙っていられなくなってしまう。因果な性分ではある・・・
2011-12-22 UP
2011-12-25 付記:ストロンチウム等について追加
2012-01-12 付記:ドンブリ勘定の項ほかを追加
2012-02-14 付記:アリソン氏の主張の項を追加
2012-11-12 付記:週100ミリシーベルトを追加
〃 100ミリシーベルトで健康増進を追加