数字でウソをつくな!(その33)
空間放射線量の不思議な計算
1日は14.4時間
2011年4月19日、文部科学省は、校庭の空間放射線量率が3.8μSv/h以上の場合は屋外活動を制限するよう通知した。1日のうち16時間を屋内で、8時間を屋外で過ごすことを想定し、室内の空間線量率を1.52μSv/hと仮定して計算している。
これで、条件付で居住をみとめる上限を20mSv/yとするICRP勧告値(「参考レベル」)を超えないとしている。
この計算方法はその後の避難基準にも用いられている。
空間放射線量率 3.8μSv/h の場合の計算を示す。
「1日の3分の2は屋内で生活し、屋内は屋外の40%の空間放射線量率になる」という仮定に基づいて按分計算をする。例示のように計算してもいいが、1日を14.4時間とすると計算が楽になる。
こうして得られた1日の空間放射線量をもとに年間空間放射線量を算出する。
3.8x8+3.8x16x0.4=54.72 (μSv/d)
54.72x365=19972.8(μSv/y)(≒20mSv/y)
「0.25μSv/hでは年間被曝線量がICRP勧告値(1mSv)を超える」と報道されることがある。屋内屋外の按分の考え方は同じである。
空間放射線量率 0.25μSv/h の計算式を示す。
バックグラウンド(自然状態の空間放射線量率)として0.05μシーベルトを控除する。
厳密には地域によって異なるが、簡易計算では「0.05」を使う。
0.25-0.05=0.2(μSv/h)
0.2x8+0.2x16x0.4=2.88(μSv/d) または 0.2x14.4=2.88(μSv/d)
2.88x365=1051.2(μSv/y)(>1mSv/y)
(注)「医療被ばく、自然放射線被ばくを除く」とするICRPの定義に合わせるためにバックグラウンドを控除する。どういうわけか、文部科学省の計算では控除せずに計算している。
本来はガンマ線以外の放射線による被曝や内部被曝を考慮しなければならない。したがって、ここで得られる数値は、「すくなくとも空間放射線量の増加分だけでICRPの基準をオーバーする」ということを示している。あたかも「年間の被曝線量」であるかのごとくに扱われることがある(例※)が、これは基本的な間違い。文科省の通知でも「(1年間に)児童生徒等の受ける線量」という紛らわしい表現をしている。
(注)千葉県野田市では空間放射線量率0.19μSv/hを基準と定めた。これはICRPの基準「1mSv/y」未満となる目安として、前出の「3.8μSv/h」を単純に20で割り算したらしい。バックグラウンドの分だけ厳しい基準になる。野田市では「ICRPが定める基準は人工放射線のみが対象であることから、野田市の基準はさらにより一層安全側に立った基準となっています」(※)としている。オーソドックスな計算による「0.24μSv/h」を基準にしている例→羽村市
(注)屋外屋内の区別をせず、 0.11x24x365=963.6(μSv/y)(≒1mSv/y)、バックグラウンドを加えて 0.16μSv/h を基準にする考え方( ※)もある。同じ計算法でいくと 「20mSv/y」の線量限度を超えないためには 2.25 x 24 x 365 = 19710(≒20mSv/y)、バックグラウンドを加えて 2.3μSv/hとなる。
「鬼は外」なのだろうか?
手持ちの簡易ガイガーカウンター(※)で計測してみると、屋外と屋内とで差がないことがほとんどだ。窓を閉め切っていた日の翌朝など、条件のいいときには屋内が屋外の半分ほどになることもある。逆に、屋外より屋内のほうがずっと高い値が出て驚くこともある。要するに、天候や窓の開閉、人の出入りなどの条件で大きな影響を受ける。時間差をもって変化するけれど、内と外でほとんど変わらないように感じる。
「屋内は屋外の40%の空間放射線量率になる」という前提条件に疑問を感じて調べてみた。
探しまわって下記の資料に行き着いた。
↓
「原子力施設等の防災対策について」(原子力安全委員会)
http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/anzen/sonota/houkoku/bousai220823.pdf
この資料の94ページに屋内等の「低減係数」が記述されている。(出典はIAEAの調査)
「沈着した放射性物質のガンマ線による被ばくの低減係数」と題する表のうちの「平屋あるいは2階だての木造家屋」が0.40となっていて、この数字が根拠とされているようだ。
先に紹介した文科省の通知でも「屋内(木造)」と記述されている。
「理想的な平滑な面」なるものを基準とした係数である。 通常の空間線量率をもとにするなら、10/7を掛けて補正してから0.40を掛けなければならない。
いずれにせよ「沈着」して、風が吹いても、車が通っても、まい上がらない汚染!
非現実的な仮定である。同じページに「浮遊放射性物質のガンマ線による被ばくの低減係数」という表があって、ここでは「木造家屋」の低減係数が0.9となっている。こちらの数字のほうがまだしも実態に近いのではないか。
パニックを恐れるあまり、変な数字の操作をすると、ますます信頼性が損なわれる。
いまさら言うまでもないが、「空間放射線量」は「ガンマ線による外部被曝」だけをとりだして測定している。アルファ線やベータ線、中性子線などは測定の対象外である。
食物や水、粉塵から吸収・吸入された場合の「内部被曝」はまったく考慮されていない概念である。
そもそも「シーベルト」ではなく「グレイ」とすべき数値なのだが、原子力災害対策特別措置法にもとづいて、1Sv=1Gy と読み替えることになっている。
「原子力災害対策特別措置法」:法令の文言は難解である。以下は意訳。「原子力災害対策特別措置法」第11条で「放射線測定設備」の設置を義務付け、「原子力災害対策特別措置法施行令」第4条で、原子炉の近辺ではガンマ線と中性子線を測定し、第6条で、その他の場所ではガンマ線を測定することとしている。さらに「原子力災害対策特別措置法施行規則」第11条で「ガンマ線について線量当量(=Sv)を継続的に測定」し、「吸収線量(=Gy)に1を乗じた数値を線量当量(=Sv)とする」、としている。ベータ線、アルファ線などの継続的な測定は義務付けておらず、そのおかげで、大事故に際しても、まったく測定(または公表)されていない。
「環境放射線モニタリング指針」(原子力安全委員会)(※)では、原則としてグレイに「0.8を乗ずる」(1Gy=0.8Sv)とし、緊急時には1Sv=1Gyとする、と記述(43p〜)している。「0.8」の根拠については、「空気カーマ」(※)などという概念で説明されている。
これだけの放射能汚染が起きた以上は、「空間放射線量」だけで被曝線量を推し量ることはできない。実際の被曝線量は「空間放射線量」よりずっと多いはずだ。もうすこしマシな被曝線量推計の方法はないものか……
武田邦彦氏は、空間放射線による外部被曝と、呼吸による内部被曝、飲食による内部被曝がほぼ同等として、「被曝線量=空間放射線量x3」としている。ただし根拠が示されていない。(→※)
チェルノブイリ原発事故の際に、汚染が深刻だったベラルーシ・ゴメリ地区の住民の被曝についての報告では、外部被曝が54%、食品や飲み水からの内部被曝が46%となっている。(IAEAチェルノブイリ・フォーラム報告書)
2011.08.26の文科省のあたらしい通知では、内部被曝の全被曝線量に対する寄与率を10%としている。
日本の科学、技術、政治、報道…原発事故は、この国の信頼性を多方面にわたってものの見事に打ち崩した。
2011-07-04 UP
Update 2011-07-22
(注釈の追加)
Last Update 2011-08-13
(20mSv/yの計算においてバックグラウンドの扱いを修正)