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有形無形のメモリアル


【memorial】 〈名〉記念物,記念碑,記念館, 記念祭,記念行事
〈形〉記念の; 追悼の; 記憶の (三省堂「ニューセンチュリー英和辞典」より)
人や歴史上の出来事を記念するもの。(岩波書店「広辞苑」より)


【その1】 慰霊碑(坂本弁護士一家メモリアル)

慰霊碑040725

3つの輪をかたどった慰霊碑が、弁護士団体によって建立され、1997年9月7日除幕された。表側には「坂本弁護士一家メモリアル」と題した碑銘と3人のレリーフが刻まれている。
3つの輪は家族3人を表し、人間誰しも完全無欠ではなく、だからこそ手を取り合い支えあわなければならない、という意味で「くぼみ」がつけられている。ただし無垢な子どもである龍彦ちゃんに該当する小さな輪には「くぼみ」がない。なお、3つの輪は一つの石から削りだしてある。
家族のレリーフ:堤さん、龍彦ちゃん、都子さん
碑文「坂本弁護士一家メモリアル」
同じデザインの慰霊碑が新潟県名立(堤さん)、長野県大町(龍彦ちゃん)に作られている。
裏側には、3つの慰霊碑のある場所を示す地図と、都子さんの詩が刻まれている。
3つの慰霊碑所在地 都子さんの詩

メモリアルについては→弁護士・瀧澤さんのホームページ慰霊の地・メモリアルへどうぞ



【その2】 鎮魂の里

都子さんの遺体が発見されたのは事件発生(1989.11.4)から6年近くたった1995年9月6日、遺体が収容されたのは翌7日だった。現場上空にはヘリコプターが飛びまわり、ふもとの小さな集落は報道関係者であふれた。

遺体が山から下りるとき、ふもとの集落(東蔵&平沢)の人々は、誰が指図したわけでもなく、手に手に線香やろうそくを持って沿道に立ちならび、都子さんの遺体を見送った。

このエピソードは大山友之さん(都子さんの父)の著書に「形にないメモリアル」として紹介されている。
都子さんに寄せる哀惜の念は、今も続いている。慰霊碑のまわりは、いつ行ってもきれいに草が刈られている。山林の持ち主が、まるで家族のように心を寄せているからだ。
また、慰霊碑を訪れる人の供える花が絶えない。

04.09.20 絶えない供花
都子聞こえますか


【その3】 虹になった都子さん

1999.8.18 慰霊碑前、追悼演奏 1999年8月18日、慰霊碑の前で追悼の演奏が行われた。ふもとの村を出るときには激しい雷雨で、どうなることかと思ったが、林道に入るころ、にわかに晴れて、鮮やかな二重の虹が出現した。演奏の間じゅう、見守るように、あるいはともに奏でるように、虹がかかっていた。

これだけなら、すばらしい虹だった、晴れてよかった、で終わっていたかもしれない。が、慰霊碑に刻まれている都子さんの詩を見たとき、雷に打たれるような衝撃を受けた。虹に託して、人と人の心の結びつきを願う詩だ。都子さんが虹になって現れた!‥‥と思った。

翌日行われた第1回のメモリアルコンサートで、この奇跡的な出来事を紹介し、都子さんの詩を紹介した。詩を朗読しようとして声が詰まった。真摯な生き方を貫いた先に起こった事件‥‥怒りと哀しみが増幅された。以来、僧ヶ岳にかかった虹と都子さんの詩が、地元でメモリアルコンサートを続ける原動力になっている。

この虹のエピソードも、大山さんの著書のなかで「形にないメモリアル」として紹介されている。

1999.08.18 僧ヶ岳にかかった虹


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