ひとりごと96A  

北日本新聞夕刊「ドクターのひとりごと」 1996(前半)

 北日本新聞夕刊「ドクターのひとりごと」欄に掲載した文章を収録しました。版権は北日本新聞社が所有しております。引用などの際には、掲載日付と出処「北日本新聞」を明記してください。

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 1995年  1996/01/08 七草  1996/01/16 歯と体型
 1996/01/22 年賀状  1996/01/31 夜の入れ歯  1996/02/06 あやうし8020運動
 1996/02/13 ネズミのあたま  1996/02/21 老人は金持ち?  1996/03/04 冷遇
 1996/03/06 医療費控除  1996/03/18 渋滞  1996/04/01 日本料理の起源
 1996/04/22 黄砂  1996/05/08 じゅんさい  1996/05/22 空港にて
 1996/06/17 空の旅  1996年7月〜


1996/01/08 七草

 セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ。春の七草の名前を辞書で確かめた。じつのところ、セリ・ナズナ・スズナ(カブ)・スズシロ(ダイコン)くらいはわかるが、あとはどんな植物なのか知らない。最近ではスーパーなどでセットになったものが売られている。切り刻むまえに、ひとつひとつ観察してみるのもいいかもしれない。
 ところで、七草の節句は一年の無病息災を願う行事であり、それぞれが薬草である。昔の人の知恵なのであろう。
 唐の時代の『本草拾遺』(ホンゾウシュウイ)という本に、セリは口や歯の病気に効き目がある、と書かれているという。ムシ歯の痛みにセリの汁を用いる民間療法もあるらしい。ハコベについては、江戸時代の書物に「虫歯の痛みに、生のハコベをすりつぶして塩をまぜたものを痛む歯の根元につけるとよく効く」と書かれているそうだ。
 また、スズシロは、口の内が腫れたとき、歯の浮くとき、虫歯が痛むときなどに絞り汁が広く民間で使われていたとのことである。
 このように、七草のなかには口や歯に薬効をもつとされるものがある。なお、七草の薬効については富山医科薬科大学・難波恒雄教授の著書を参考にさせていただいた。(『漢方・生薬の謎を探る』日本放送出版協会)
 歯の痛みに効くという薬草は他にもたくさんある。ほんとうのところ、どの程度の効果があるのかは分からないけれども、昔から歯で悩んだ人が多いことの証拠でもあろう。歴史に名高い楊貴妃はムシ歯だらけだった、それが魅力でもあった、などとも言われるが、現代の感覚では理解しがたい。
 それはともあれ、すくなくとも繊維性の野菜を食べることはムシ歯だけでなく歯周病(いわゆる歯槽膿漏)を防ぐためには効果がある。歯を掃除し、歯肉をマッサージする働きがあるからだ。
 七草にかぎらず野菜を食べるよう心がけよう。

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1996/01/16 歯と体型

 群ようこさんのエッセイ集『肉体百科』(文春文庫)を読んだ。若くなくなりつつある女性(著者)の身体のすみずみへのこだわりがユーモアたっぷりに書かれていて、一ページごとに吹き出しそうになる。だから、通勤電車の中などでは読まないほうがいい。たまたま近くに若くなくなりつつある年頃の女性がいたりしたら、おかしいやら気になるやらで、目のやり場に困ること請け合いである。
 この本のなかに、親知らず(智歯)の話がでてくる。
 「親知らずが生えるときは、痛くて痛くて、死ぬ思いをするよ」と母親からおどかされていたのに、親が知らないどころか、自分も知らないうちに生えていた。そのときの母親のくやしがる様子や、生えた智歯を磨く苦労などが書かれていて、これがまたおもしろいのだけれども、それを紹介しているととめどもなく脱線しそうなので、このくらいにしておこう。
 現代の日本では、智歯がまともに生えてくる人のほうが少ない。四本ともそろってまっすぐに生えている人は〇・八%といわれている。いっぽう、アフリカのナイジェリアでは九〇%の人が四本ともきちんと生えて噛み合っているという。
 日本でも、かつては生えている人のほうが多かったと言われている。顎か小さくなって、生えるスペースがなくなってきているのである。中途半端に生えてくると腫れやすい。まっすぐに生えてきても、頭を出してからすっかり生えてしまうまでの期間が長くかかるので、その間に腫れる機会が多くなる。それで「死ぬ思いをする」ことになってしまう。抗生物質がない時代には、ほんとうに死んでしまうこともあった。
 ところで、群さんの智歯は結局は抜くことになったそうだ。抜いた歯はずんぐりしていて、「本人の体型と関係があるのだろうか」との疑問を呈しておられるが、もちろん、これはまったく関係がない。

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1996/01/22 年賀状

 年賀状の歴史は大化の改新(六四五年)までさかのぼり、現在のような年賀郵便の取扱いが始まったのは明治三二年から、とのことである。
 今年も年賀状がどっさり届いた。そのなかには、年賀状だけが近況を知る手がかりになった旧友もいる。すくなくとも生きていることは確認できる。
 「おい元気か、オレはつかれたぞ」と、ひとこと。
 中学生時代からの旧友だ。大学生時代は帰省するたびに顔をあわせていたものだ。東京で職を得、結婚し、子供が小学校に入るころまでは、実家に帰ると私のところにも立ちよっていた。両親が亡くなってからは故郷が遠くなってしまったようだ。人一倍元気のいい奴だったが、見渡してみると、元気はつらつとしている同級生というのもあんまりいないようだ。
 「何もかも一から覚えるのはしんどい」
 これは仕事の部署が変わった友人。歳のせいか記憶力が衰えているので新しい仕事はつらい、とも書き加えてある。大過なく勤めあげれば安泰、宮仕えはいいじゃないか、と冷やかしていたが、それぞれに悩みがある。
 「病院が診療所に衣がえ。歯科はどうなる?」
 これは病院勤めをしている友人だ。いま、病院の経営はたいへん苦しい。病棟を閉鎖して診療所になってしまうところがあとをたたない。一時は人口あたりの病床数が過剰だとされていたのが一転して不足してきている。経営だけを見るなら、いっそのこと改装してアパートにでもしてしまったほうが効率はいいのかもしれないが、そこまでしたという話は聞かない。医療人の意地だろうか。
 病院の縮小となれば歯科外来なんぞは真っ先に切捨てられるだろう。私が病院勤務医だったころは、失業する心配はないから、というので失業保険の免除の手続きがとられていた。いまはどうなのだろう。医師も歯科医師も失業保険にはいるのが当然とされる時代なのかもしれない。

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1996/01/31 夜の入れ歯

 ・・・・夜は入れ歯を外して寝るんですか。
 ・・・・そう、外しておいてください。靴をはいたまま寝る人はいないでしょう。飲み込んだら危ないし、夜は歯ぐきを休ませてあげましょう。外した入れ歯は水につけておいてください。
 以前は、何の疑いもなく、こんなふうに夜の入れ歯の扱いについて指示してきた。ところが、阪神淡路大震災で、外していたために入れ歯をなくして困った人がおおぜいいた。だから、大震災以後はどうも歯切れが悪くなってしまった。
 ・・・・できれば外しておいてください。入れておく場合には、歯と入れ歯をきれいに掃除してから寝てください。
 もっとも、従来から、例外として夜も入れ歯を入れてもらうこともあった。噛み合わせの関係で、入れ歯をいれないと歯ぐきに傷をつくる人もいるし、顎の関節に異常があって、入れ歯を外しているとそれが悪化する場合もある。
 なかには、入れ歯を外して寝ると怖い夢を見る、という人もいる。これは、入れ歯を外すと噛み合わせが不安定になるためだろうと思う。眠っている間にも、人は口を動かしている。そのときに歯がなくて、顎が宙ぶらりんになると不安感におそわれるようだ。
 入れ歯をいれたまま、ずっと外さない、歯磨きも入れたままという人がいるが、これは論外。こまかいすきまに入り込んだ汚れが積もり積もって、白くカビのようにこびりつく。そのままにしていると、歯ぐきはただれて赤くなり、痛みや出血をひきおこすし、残っている歯はムシ歯になってしまう。
 ちかごろは「抗菌性プラスチック」という素材が筆記具などに使われている。入れ歯にも使えるといいのだが、細菌に対して毒性をもつ材料を生体に使うには慎重でなければならない。だから、入れ歯への応用は、そう簡単にはいかないだろう。
 つまるところ、歯切れが悪いけれども、「できれば外しておいてください」と言うしかないようだ。

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1996/02/06 あやうし八〇二〇運動

 大正元年生まれの患者さんの年齢が八三歳。平成になってからというもの年号から年齢を計算するのがややこしくなって、暗算はとうにあきらめている。受付で記入された生年月日と年齢を見て、大正生まれが八〇歳をこえるようになったのだな、と感心している次第。
 この患者さん、歯が二六本ある。抜けた歯が二本だけ、全体に歯ぐきもしっかりしている。ブリッジという歯と歯を橋渡しのようにつなげる治療をしてあったところがこわれてしまったのが来院の理由である。取り外してみると、橋ゲタになっていた歯の根が悪くなっている。抜歯しなければならないかな、と最初は考えた。しかし、ここまで長持ちしてきた歯を抜くのはもったいない。なんとか抜かずに治療してみよう、と思いなおした。
 八〇二〇(ハチマルニマル)運動は、八十歳になっても二十本の歯が残るようにしよう、というものだ。二〇本あればほとんどの食べ物を不自由なく食べることができる。自分の歯にまさるものはない。歯を抜かずに治療して残すことにかけては、日本は世界のトップを走っている。日本は歯の寿命にかけても世界のトップクラスなのである。それを支えているのが健康保険制度だ。
 ところが、いま歯の長寿国に赤信号がともっている。
 歯に冠をかぶせる治療や、ブリッジという治療をしたあと、二年間は再治療を制限する制度が保険に取り入れられそうな雲行きである。治療に責任を持ちなさい、医療の質を高めよう、長持ちさせるよう患者さんも日頃の手入れに気をつけなさい、との大義名分は立派だが、実際のところは医療費の抑制が目的のようだ。一説によると、これで三六〇億円の節約になるという。
 もしもこの制度が実施されたら・・・・これは危ないかな、と思われるような歯はさっさと抜いてしまったほうがいい、という傾向がきっとひろがるだろう。八〇二〇運動は忘れ去られてしまうにちがいない。

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1996/02/13 ネズミのあたま

 ネズミはさまざまな医学的な実験に使われる。ノーベル賞を束にして与えてもいいくらい人類に貢献している。
 あたまのいいネズミとあたまのわるいネズミの実験がある。固いエサを食べさせたネズミはあたまがよく、軟らかいエサを食べさせたネズミはあたまがわるい。固いエサを食べるネズミはあたまの血のめぐりがよくて、ものおぼえがいい。
 あたまのよしあしは迷路をどれだけ早く通りぬけられるか、といった試験の成績で判定される。いろんな実験の結果から、ネズミのあたまの良し悪しは、記憶力によるところが大きいらしい。
 あたまの血のめぐりは脳の温度で測る。「あたまがあったかい」などというと人間のばあいには少々ぼんやりした人を連想するが、実験では、あったかいほうがよい成績をおさめている。
 これらのことから、食べ物をよく噛むことが脳の血のめぐりをよくする、ひいてはあたまをよくするかもしれない、との期待をいだかせる。ねむけざましに、コーヒーを飲むよりもガムなどを噛むほうがむしろ効果があることは日ごろ経験することだ。しかし、人間の知能はそれほど単純ではないらしいから過大な期待はしないほうがいいだろう。
 さきの実験については、学者の中から異論もある。ネズミの歯は一生伸びつづける。だから、食べ物にかぎらず、固いものをかじって歯をすり減らす習性がある。軟らかいエサを食べさせられたネズミは歯が伸びすぎて、噛み合わせがうまくできなくなる。そのことはネズミにとってはストレスになるのではないか、そのために本来の実力が発揮できなかったのではないか。固いエサを食べてあたまがよくなったのではなくて、軟らかいエサをたべてあたまが悪くなったと考えるべきである、と。
 どちらにも一理がある。いずれにしても、歯がそろっていること、ものを噛むことはたいせつだと言ってよさそうである。

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1996/02/21 老人は金持ち?

 「お金がかかってもいいから、いい入れ歯にしてください」
 平日の午前中は老人の患者さんが多い。ある日の午前、つづけさまに二人の老人から、「お金がかかってもいいから」との申し出をうけた。どちらも入れ歯を入れる予定の患者さんである。たいへんありがたい申し出ではあるが、アゴの土手が低くなってしまっていて、お金をかけようがかけまいが、いい結果は期待できない。そんなわけで「お金がかからない」保険の入れ歯をおすすめした。
 いまの老人は金持ちだ、とよく言われる。このような人をみているとそうかなと思わせられるが、実際はどうなのだろうか。
 平均的にみれば、いまの老人はかつてなく恵まれているのかもしれない。不景気だと言われながらも、年金制度はなんとか破綻せずに成り立っている。貯蓄・財産も目減りしていない。
 統計学では、平均値のほかに「分散」という重要な指標がある。バラツキの度合だ。平均値は同じでも、みんなが平均値の近くに集まっていれば「分散が小さい」ことになる。逆に、ピンからキリまでの格差が大きく、てんでバラバラならば「分散が大きい」ことになる。老人の家計は「分散が大きい」、つまり貧富の差が大きい、と言われている。
 七〇歳以上の老人が病院や診療所の外来に受診すると、月に一回だけ窓口で一〇一〇円を支払う。この月一回の「定額制」を、毎回一割の「定率制」に改定しようとする動きがある。支払い額はぐんと増えるだろう。
 なお、窓口の支払いが増えたからといって医師の収入が増えるわけではない。保険の医療費が払い込まれるときに、窓口徴収分が差し引かれる仕組みになっている。
 ともあれ、一割負担が実施されると医療費を一割近く抑制する効果があるという。一〇回の通院が九回になるのではなく、一割の老人が病気になっても病院へ行かなくなるのではないかと危惧されている。

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1996/03/04 冷遇

 今年のスキー場ではスノーボーダーが目立つ。昨年から今年へと、爆発的に増えたようだ。若い人ばかりだ。ゲレンデでじゃまになるのは、ほとんどが初心者だから、というのも原因ではなかろうか。あと何年かすれば様子がちがってくるかもしれない。いましばらく大目に見ようではないか。
 いっぽうスキーヤーは、一見しただけでは分かりにくいけれども、幼児から老人まで、年齢層の広がりがある。
 ここで、年配のスキーヤーの弁を聞いていただこう。あるスキー場のことで憤慨していらっしゃる。
 「新潟県のある有名なスキー場へいって、ゴンドラリフトに乗ったら、六十歳以上の方は一人で乗らないでください、と書いてあった。付添いが必要。年齢で差別するなんて理由がない。けしからん。」
 じっさい、若い人に負けない老年スキーヤーは多い。いや、ゲレンデへやってくる老年スキーヤーは、若い人の見本になるような華麗な滑べりを見せてくれる人のほうが、むしろ多い。
 長野県のあるスキー場では、六十歳以上の人にはリフト券の割引サービスをしている。若い人みたいに力まかせにガンガン滑べる、ということはしない。優雅に滑べり、ゆっくり休む。スキー場にとっては割りのいいお客さんのはずである。枯木も山のにぎわい、なんて言っては失礼である。スキー場で還暦をすぎたようなスキーヤーを見かけると、なんともいえずさわやかで楽しい気持ちになる。自分もやがてああなりたい、そのときはこのスキー場へ、と思ってしまう。
 健康保険では、七十歳を区切りとして、同じ治療をしても老人の場合には評価が低くなる、つまり医療機関に支払われる医療費が少なくなる。健康になっても社会的価値が低いという値踏みであろうか。日本の社会保障は、長野県の某スキー場よりも新潟県の某スキー場に近いようである。

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1996/03/06 医療費控除

 確定申告の日がちかづいてくると、きまって何人かから「領収書を書いてください」という依頼がくる。ただし、そのつど領収書は発行しているので、再発行である。
 一年間にかかった医療費が、所得の五パーセントか十万円のどちらか高いほうをを超えると、超えた分が控除される。
 扶養家族がある場合には、その分も合計する。また、通院のためにかかった交通費なども費用として算入する。いっぽう、医療ではなくて「美容」だと見なされるものについては認められないので注意しなければならない。何が医療で、何が美容にあたるか、とくに歯科の分野では微妙なものがある。税務署と歯科医とで見解が異なる場合もある。子供の歯列矯正(歯並びの治療)は認められるが、成人の場合には認められない、と言われることもあるようなので、あらかじめ確認したほうがいいだろう。
 さて、領収書の再発行である。ふつうの商店などでは、領収書を再発行するなんて、あんまり聞かない。一年分の領収書を再発行するためには、カルテから来院年月日を確認して、日付ごとに束ねた領収書の控えを探さなければならない。たいへん手間がかかる。とても診療の合間にできることではない。
 歯科医仲間に聞いてみると、「再発行には応じられません」と断る人が多く、領収書にその旨を印刷している人もいる。当然といえば当然だが、かといってあんまりすげなくもできないので、いざ依頼があると悩むのである。
 なかには「正式の領収書を書いてください」と言ってくる人もいる。収入印紙が貼ってない、印鑑が押してない、とのことで心配されるようだ。医療にかかわる領収書には印紙がいらないことになっている。支払いを証明するものであれば領収書でなくてもいい。印鑑の有無は関係ない。
 ともあれ、領収書はきちんと保管しておいていただきたい。

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1996/03/18 渋滞

 二月の連休に妙高方面へ出かけた。予想はしていたものの、高速道路はたいへんな渋滞だ。朝日インターの付近で、とうとう止まってしまった。あとは延々と、ほんの少し進んでは止まることの繰り返し。どこまで渋滞しているのか、何が原因なのか、見当がつかない。
 これじゃ到着は夜中になってしまうのではないか、高速道路よりも一般道のほうがよかったのではないか、休憩はどうしようか、などと考えをめぐらしてみても、いまさらひっ帰すわけにもいかない。音楽でも聞いてじっくり構えるしかない。
 やがて原因がわかった。糸魚川インターチェンジの出口からの行列が本線にはみ出して道路をふさいでいたのである。それがなければ、こんなにひどい渋滞はおきなかったはずである。いま、二車線化の工事が進められているが、たとえ車線が増えても料金所の処理能力がそのままならば、やはり行列が本線上にはみ出し、追越し車線も割り込みしようとする車でふさがれてしまうだろう。かえって事故の危険が増すかもしれない。
 料金所の処理能力がネックになっている。
 パレートの法則というのがあって、二十%の問題が全体の八十%を解決するのだそうだ。何がネックになっているかを見つけて解決すればおおいに効果があがる。
 歯科の治療に日数がかかることに、しばしば不満の声が投げかけられる。この場合のネックは、多くは歯科技工(ギコウ)の仕事である。型に石膏を流し込んで歯型をつくり、ワックスで原型をつくり、鋳型材に埋め込み、それをゆっくり乾かして、ゆっくり加熱し・・・・と、時間のかかる工程が続く。
 カメラのようなもので形を読み取り、コンピュータでドリルを動かして詰め物や義歯などをつくる、という機械が夢でなくなりつつある。精度や操作性などに難点もあるが、やがては改善されるだろう。が、実用化するにはコストがネックになりそうである。

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1996/04/01 日本料理の起源

 司馬遼太郎さんが亡くなった。この十年くらいは小説の発表はなく、もっぱら日本人論のような文明批評に力を注いでおられたようだ。私は司馬さんの歴史小説のファンなので、小説はたくさん読んだけれども、評論や随筆はあんまり読んでいない。だから、最近はごぶさた気味だった。
 本棚を探してみたら、まだ読んでいない本がでてきた。『歴史の交差路にて』(講談社)、司馬遼太郎・陳舜臣・金達寿の三氏による対談集である。日本と中国、朝鮮の文化をそれぞれが論じている。
 日本の文化は朝鮮から多くの影響を受けているが、料理については中国からの影響がおおきい。日本料理の成立は室町時代。平安時代末期から鎌倉、室町時代にかけて、日本と中国の交流がひじょうに盛んだった。商人・留学僧・亡命者、そして無名の人々を含めると、この時代に日中を行き来した人は十万人を越えるかもしれない、と司馬さんは語っている。
 また、料理が発達するためには、食材もさることながら、火が大きな要因だったともいう。つまり、薪で火をおこしている限りは、安定した温度をたもつことは難しい。炭を使うことによって、一定の火力を長時間持続させることができるようになった。
 こうして日本の風土になじみながら発達してきた日本料理は、健康のためにひじょうに優れている、として世界から注目を集めている。ところが本家の日本では、日本料理の良さが忘れられ、欧米化しつつある。
 味の好みは三歳くらいまでに決まってしまう、といわれている。むし歯の予防のためばかりではなく、将来の成人病の予防のために、子供は「うす味」で育てよう、と提唱されている。しかし、レトルト食品やインスタント食品のほうを本物よりも「おいしい」という子供が増えている。既製の食品がはばをきかせている。これらは少々味が濃いように感じるのだが、どうだろうか。

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1996/04/22 黄砂

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」
 「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」
 あえて出典は示さない。あまりに有名な小説の書きだしである。小説家は、書きだしに大変な力をそそぐと聞いている。もちろん、読むほうだって書きだしで興味をかきたてられる。
 いきなり歯の話ではじまる小説がある。
 「口をあけると、その者は、晋人(シンヒト)であることがわかる。歯が黄色いからである」
 宮城谷昌光さんの小説『重耳』(ちょうじ)の書きだしである。舞台は中国の春秋時代。重耳とは、後の晋の文公、春秋の五覇のひとりに数えられる名君である。紀元前七世紀だから、二千六百年以上も昔の物語である。日本では、まだ粘土をこねて縄文土器をつくっていた。そんな昔の話をきのうのことのようにいきいきと描きだす小説家の筆には感心するしかない。
 黄河の水を黄色い河たらしめ、日本でも「赤い雪」をもたらすもの、すなわち黄砂が人々の歯をも黄色くした、というのである。今も中国のその地方の人々の歯が黄色いかどうか知らない。しかし、なるほどありそうな話だな、と納得させられる。
 「歯が急に黒くなった」と来院した人がいる。
 今朝は白かったのに、仕事が終って鏡をみたら黒くなっていてびっくりした、どうなったのでしょうか、という。
 見ると、たしかに黒い。しかしどうも不自然だ。脱脂綿でぬぐってみたら、なんなくとれてしまった。どうやら仕事中に機械の油がついたらしい。ちょっとさわってみるなり、歯磨きをするなりすれば、とれたはずだ。そそっかしい人である。
 もしも黄砂で歯が黄色くなることがあるとしても、それは外側から付着するだけだから、口の中の衛生状態が良ければ相当に防げるはずである。赤い雪が降ったとき歯が黄色くなる人がいるとしたら、それは歯磨きを怠けた証拠である。

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1996/05/08 じゅんさい

 先日、恩師の定年退官記念パーティに行ってきた。学生時代から研修医時代にかけて、当時助教授だったS先生にはたいそうお世話になった。S先生はドッペルである。ドッペルとはドイツ語で「二重」という意味だ。医師と歯科医師の両方の資格をもっている。専門の分野では世界的に高名であり、まだまだ頭も身体も元気なS先生には、年齢という単純な定規に当てはめて定年にしてしまうのは不合理な感じがする。年功序列から実力主義へ世の中が変わりつつあるから、やがては年齢ではなく実力に応じた定年制が出現するかもしれない。
 開業医には定年がない。そのことを疎ましく思ったり、ありがたく思ったりもする。定年を自分で決めることができるのだが、その年頃になったときに自分で適切な判断ができるかどうか、となると自信はない。
 話はかわって、追憶の靄のなかに入っていく。
 六畳間を細長く引き伸ばしたような狭い助教授室で「じゅんさい」のおすましをいただいたことがある。ちょうど昼飯どきだったのかもしれない。ゲンゲのようにヌメリがあり、里芋の葉をそのまま小さくしたような、奇妙な植物を食べたのは、そのときが初めてだった。
 機関銃のような早口で、ときどきドイツ語を交えて、しかも無駄のない話をされるので、聞くほうは、師匠と弟子という緊張に加えて、一言一句聞き漏らすまいと身体を固くしていた。そんなときに「これおいしいよ」と恩師自らの手になる一椀の汁をすすめられた。拍子抜けするよりも、新たな緊張を覚えた。厳しさと、暖かさと、純粋さと、情熱と、それらが名状しがたい配分で「ごった煮」のように同居している。
 徒弟制度にも似た大学医局の上下関係を前近代的と批判する意見もある。しかし、技術修得だけでなく、医療人としての人格を形成するには、他によい方法が見あたらない。よき師にめぐりあえたことを幸せに思う。

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1996/05/22 空港にて

久しぶりに飛行機に乗ることになって、航空券を旅行社で手配してもらった。何年ぶりか、ちょっと思い出せないくらいだ。航空券には「磁石などに近づけないでください」と注意書きがあって、裏をみると磁気テープがついている。
魚津からJRの各駅停車で富山へ、ここで特急に乗り換えて小松へ、小松駅からタクシーで空港へ、なかなか手間がかかる。
さて搭乗手続をしようと思ったら、機械がおいてある。小型テレビくらいのディスプレィと航空券の挿入口があるが、ボタンもキーボードもない。まごついていたら、若い女性職員がやってきて助けてくれた。航空券をいれると、「ひとりですか」とか「窓際がいいですか」といったような質問が表示される。画面に指で触れることで質問に答えていく。ひととおりの質問に答えると、座席番号が印刷されて航空券が戻ってくる。
なるほど、と感心しながらも、これしきの機械にまごついて、娘のような年齢の女性の手助けがいるなんて情けない。と、思ったのはだいぶたってからで、そのときは手際のいい応対にただただ感心し感謝していた。航空会社は社員教育が徹底している。
いよいよ搭乗。ここでまた機械である。ゲートの手前で磁気カードを差し込み、入り口が開いて、向こうにカードが出てくる・・・・はずが、開かない。すぐに女性職員がカードを入れ直してくれた。
ちかごろの公立病院などでは診察券が磁気カード化されている。カードを差し込んで、受診する外来診療科のボタンを押すと受け付けができるようになっている。将来は保険証もカード化されるだろう。
お年寄りだけでなく、おじさん、おばさんのレベルでも、これはまごつく。待ち時間を少なくするなどの効用もあるのだろうけれども、いっぽうでは「テクノストレス」になっていることを忘れてはならない。空港での体験を自戒としたい。

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1996/06/17 空の旅

この春、九州に所用があって飛行機に乗った。
空の旅は落着かない、とは言っても国内線のことだから、たかだか一時間程度、その中途半端な時間が落ち着かなくさせているのかもしれない。おまけにシートベルトを締めたり外したり、おしぼりや飲み物のサービスがあったり、ことさらにせわしい気分になるように仕向けられているみたいだ。あやうげに空を飛んでいることへの不安を和らげようという心遣いなのかもしれない。
曇りの日だったが、ときおり雲の間から地上が見える。
木々がやっと芽吹きはじめた時期だったが、空から見る山なみは暗いといえるほどに濃い緑である。針葉樹が多いせいだろうか。
その緑色の凹凸が一面に広がる。日本の国土の大半は山であることを、あらためて実感する。くぼんだ部分に川が流れ、川をふちどって平地があり、そのあちらこちらに人里が点在し、あるいは連なる。
 人間の営みは、地球のシワの間にたまった垢のような存在、に見える。歯の溝にたまった汚れのように見える。人間は、しょせん地球という大自然のなかではゴミのようなものなのかもしれない。自己増殖するゴミである。ばい菌のようなものだ。人里は、歯の汚れと細菌のかたまり、むずかしくいえば「プラーク」によく似ている。
くぼみにひそんで増殖するばかりではなく、宿を貸してくれた歯を破壊してしまう、恩知らずなしろものである。
ゆるやかな濃い緑のなかに、熊手で土を思いっきり引っかいたような図柄が見えた。それもひとつふたつではない。あっちにもこっちにもある。何だろうかと目をこらして見ると、それはゴルフ場だった。芝生におおわれてあざやかな緑色に見えるだろうと思っていたが、空からみおろすと、削られた山肌の白っぽさばかりが目立つ。
ますますもって人間はばい菌に似ているようである。

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