BYPASS92

 


諌鼓を打て

 
『とやま保険医新聞』のコラム「バイパス」など、機関紙誌に発表した雑文を掲載しています。


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1991|1992|1993199419951996199719981999 | 2000




バイパス 1992.1

 三年目の平成は国際的にも国内的にも激動の年だった。
 「操裏大臣」「灰者復活」(住友生命編・創作四字熟語より)。これが何を指しているか、申しあげるまでもないでしょう。その見識の高さを自他ともに認める宮沢総理だが、永田町というミステリーゾーンではかたなしだ。
 「泡沫転倒」(同前)から、景気減速・税収減へ。今年予定されている診療報酬引き上げも、相当に厳しいものが予想される。1%とか2.5%とか、信じられないような数字が聞こえてくる。世界的に平和の配当が期待される中で、日本政府は、医療保障への国庫負担率を引き下げても、防衛費は極力引き下げない方向のようだ。自衛隊は人件費率が高いから予算を割り当てなければならない、というのがその理由の主なもののひとつだ。人件費率の高いことでは医療機関もひけをとらない。私事で恐縮だが、筆者の診療所の人件費率はついに40%を超えた。
 昨年の診療報酬引き上げ運動はかつてないほど盛り上がった。その結果がこれでは情けない。今後は戦術を転換して、人事院勧告を診療報酬に連動して低く押えるように運動しましょうか。歳出の節減にもなりますが、いかが。
 新年早々、莫迦を言っているうちに、ご挨拶が最後になってしまいました。高望みはいたしません。平成四年がまともな年であることを祈って・・・
  あけましておめでとうございます

バイパス 1992.2

 本年1月25日より、国立病院・療養所で土曜休診がスタートした。同時にこれは、週40時間労働体制の実施でもある。率先垂範、他の公務員に先駆けての「週休2日」体制移行だ。公立病院・公的病院が追随するのは時間の問題であろう。
 公立病院も、最近は「独立採算」を強いられて、経営が大変だとも聞くが、一方では人員の出向、設備投資、不動産の提供、借り入れ金の利子補給など、様々な形で補助が行われている。これを妬むのではない。地域の中核として公的病院の果たすべき役割を考えるならば、まだまだ不足、より一層の援助が必要である。人的資源が優先的に吸い上げられるのも、やむをえないのかもしれない。
 とまれ、「官」の落ちこぼれが「民」なのか。役割の違いはあっても貴賎の差はないはずだ。奇貨おくべし。民間でも公務員並の待遇ができるような診療報酬引き上げを要求しようではないか。古書にいわく「政は民を養うにあり」(書経)

バイパス 1992.3

 閑古鳥が鳴く。と言えば開店休業状態。あんまり有難くない意味あいで使われる言葉なのだが、由来が今ひとつはっきりしない。広辞苑をひくと、カッコウ鳥のなまりか、と自信のない記載だ。
 過日、高山を訪れた折、郷土館に閑古鳥が展示されているのを見た。まがうかたないニワトリであった。その解説によれば、そもそも「かんこどり」は閑古鳥でなく諌鼓鳥なのだそうだ。
 古代中国の禹だか舜だかの時代。明君のもと国には善政が敷かれていた。王宮の門外には、政治に不平・不満のある者はこれを打つべし、と大書して太鼓がおかれていた。この太鼓を「諌(イサ)める鼓(ツヅミ)」という意味で「諌鼓(カンコ)」といった。しかし、国はよく治まり、民は不平をいわず、太鼓は打ち鳴らされることのないまま、苔がつき、鳥たちも何ら恐れることなく太鼓にとまるようになった。このように平穏で静かなことを「諌鼓鳥が鳴く」というようになった。
 真偽のほどは分からない。からくり人形コーナーの展示なので、この解説もからくりめいている。
 とどまることのない贈収賄のニュース、なかなか改善されない医療福祉政策、いまの日本の政治に満ち足りて暢気に鳴く鳥はいないことだろう。おおいに「諌鼓」を打ち鳴らそうではないか。


バイパス 1992.4

今、民間病院が危ない!
基準の変更、ランクづけなどによって、富山県はもちろん日本中の中小民間病院が老人病院になってしまいかねない。医療・福祉の予算を抑制しながら「高齢化社会」への対応を考えるとこうなります、という模範的な解答だ。
当協会の民間病院新点数検討会には県内の民間病院の約3割の参加があった。それに先立つ理事会で、この改訂で民間病院は大変なことになる、なのに危機感が薄い、なんとかしなければ、と議論され企画を練った。当日は平井事務局長が病をおして基調報告(問題提起)をしてくれた。
実は、この問題は保団連でも当初は重大視していなかったきらいがある。しかし、4月5日号の「全国保険医新聞」はトップで富山のこの検討会をとりあげている。
2年前、歯科の初診料・再診料引き上げ要求運動もそうだった。富山から北信越へさらに保団連へと拡大し、再三国会でも取り上げられ、今改訂では上げ幅は不十分ながらも初診料は8年ぶり再診料は6年ぶりに引き上げられた。
この教訓をいかし、粘り強く運動を展開していこう。富山は小粒だが辛い、激辛だ、と再び全国に思い知らせようではないか。



バイパス 1992.5

医師国家試験合格者の発表があった。全国平均で84%、歯科医師国家試験のほうは82%だった。
ところで、この合格率のことで、思わぬところから思わぬ意見を聞いた。建築士の方がいうには、1級建築士になるには3年以上の実地経験をへて初めて受験資格が得られるが、合格率は30%程度。けっしてダメモトで受験するのでなく、それなりの大学をでて相応の勉強をしての結果だという。司法試験の難関は周知のことだが、他の国家試験でも、そうそう高率で合格するものはない。人の命を預かる医師の資格が、そんなに簡単に取得できていいのか、と。
合格率が高いから簡単だというのは短絡的に過ぎる。また、試験を難しくすれば良い医師ができるとは思えない。とはいうものの、どのように反論し説明すれば納得してもらえるか、これはなかなか難しい。
気づかないところに齟齬がある。医療をよくしていこうとする善意の運動が、案外こういうことに足を引っ張られているものだ。さまざまな誤解や偏見を取り除いていかねばならない。
さて、どう反論したものか。これは筆者には荷が重い。幸い紙幅もいっぱいになってきました。宿題に致しましょう。会員諸氏のご意見をお待ちしております。


バイパス 1992.6

「免責」というものがある。生命保険や損害保険にはつきもので、入院5日までは保険金を支払わない、損害5万円までは保険金を支払わない、といった類の条項である。損害が軽微で補償の必要度が低いばあいに適用される。補償の上限は利用者が自分の判断で契約し支払った保険金によって決まる。自動車保険では「対人無制限」の契約が多くなっている。
だから、損害が大きいと免責になる、というのは奇異な印象を受ける。それが身近なところにある。原発で事故が起こったとき、50億円以上の損害賠償が法律(原子力損害賠償法)で免除されている。これでは安全対策に真剣に取り組まなくなるのではないかと心配になる。案の定その徴候が窺える。
防災計画対象地域は半径10km圏内に限られている。しかも、その計画自体の実効性が疑問である。避難先に指定されている公民館が住民のごく一部しか収容できず、しかも木造だったりする。さらには、原発内で働く人の被曝をICRP(国際放射線防護委員会)の勧告値20ミリシーベルトをはるかに上回る50ミリシーベルトまで容認している。これが世界1高い原発稼働率を支えている。
どうやら、お上に任せておいても駄目なようだ。原発そのものについては賛成・反対があるだろうが、医療人は万一の災害発生時には動員されるかもしれない立場にある。チェルノブイリのことを考えるまでもなく、能登と富山はすぐそばである。
能登原発はこの秋に試運転を予定されている。もはや時間は残りすくない。


バイパス 1992.7

 バルセロナ・オリンピックがはじまった。参加174ヶ国、久しぶりに落丁のない大会だ。
 のっけから、日本人少女の最年少金メダルで沸いている。競技報道の合間に映しだされるスペインの風景・文化・芸術・人、これらも魅力的だ。
 むかし、スペインの人々は神様の覚えがめでたかった。世界でもっとも良い風土と作物、もっともすぐれた馬と剣、もっとも美しい歌と踊り、そして、もっとも美しい女ともっとも勇ましい男。神様へのおねだりが次々にかなえられた。しかし、最後にお願いした「もっとも良い政治」にたいして、神様は首をたてにふらなかった。こんな言い伝えがスペインにはあるそうだ。
 大地主と教会の支配、そしてスペイン戦争、ファシズム政権。20世紀の中世がそこにあるとさえいわれた。スペインの名誉のために付け加えておかねばならないが、EC加盟、万博そしてオリンピックへとこの国は中世を脱しつつある。
 さて、日本。保険診療報酬改定が片付き、参議院選挙が済んでから、医療経済実態調査の結果が公表された。集計に手間取ったはずはない。自然に恵まれたいい国だと思っていたけれど、どうやら最後に神様が首を横にふった国なのかもしれない。


バイパス 1992.9

 「ミンボー」が民暴・すなわち民事介入暴力事件だとは、伊丹十三氏の傷害事件がおこるまで知らなかった。
 最近は医療訴訟が多くなり賠償金額も大型化している。医療事故・医療過誤・医療訴訟、これらの言葉を聞いただけで一種異様な憂鬱な気分に襲われる。細心の注意を払っていても危険は紙一重の隣合わせ。万にひとつでも事故があれば、営々と築き上げた一切がバブルのように消えてしまいかねない。
 こんな心情につけいる民暴もある。2年程まえ、あいついで開業医が恐喝されるという事件があった。治療後に不具合を訴えて金銭を要求する。「当り屋」のような手口だ。このときは歯科医院が集中的に狙われた。
 今後はもっと巧妙に、そして、医師は格好の標的になるだろう、と日弁連監修の出版物に記されている。書類の不備をネタにゆする。労務管理の不十分な医院を狙って職員の不満を煽る。人手不足につけこんで仲間を送り込み、薬剤を盗む・院長の弱味をつかむ。などなど。これらは実際にあった例だ。
 ひと昔も前になろうか、法律の勉強会を定期的に開催していた一時期があった。このとき、法律家の用語としての「インフォームド・コンセント」について解説を聞いた記憶がある。医療をとりまく事件が増加しているいま、再開してはどうだろう。



パイパス 1992.10

 前自民党副総裁・金丸氏の受け取った5億円は政治献金であり、事務処理上のミスがあったので20万円以下の罰金とのこと。交通違反の青切符みたいなものらしい。
20万円で5億円。うまい話だ。何倍になるのか計算するのに、しばし手間取った。2千5百倍である。上申書と罰金で事足れりとする神経はどんなにか太いことだろう。国民の怒りが燃え上がり、ついに「政界のドン」を議員辞職にまで追い詰めた。
 ところが、5億円どころではない、もしかしたらあと2桁も大きな金額がからむ、政界・財界・右翼・暴力団総出演の大がかりな疑惑が見え隠れしている。しかも、この関係は5年以上も前にさかのぼるという。追及の手を緩めてはならない。
 江戸時代の書物に「まいない鳥」なる生き物が絵入りで紹介されている。髷を結い裃を着ているが、燕に似ていかにもすばしっこそうだ。いわく、『この鳥金花山に巣を喰う。名をまいない鳥という。常に金銀を喰うことおびただし。恵少なき時はけんもほろろにして、寄りつかず。』 この鳥は、明治維新・戦争・敗戦と激動の時代を生き、金花山に繁殖しつづけていたようだ。
 こんな鳥が跳梁跋扈していて先進国などとはおこがましい。「まいない鳥」を根絶できるかどうか。日本の民主主義の真贋が問われている。


バイパス 1992.11

 「汚い」「きつい」「危険」これは言わずと知れた3Kである。さらに、「結婚できない」「子供を産めない」「休暇がない」「給料が安い」「化粧がのらない」を加えて全部で八つ。これを看護婦の8Kというらしい。
 読者の血圧を押し上げるようで申し訳ありませんが、首都圏での声をお聞きください。「責任のある仕事はしたくない」「午後五時には帰りたい」「完全週休二日(連続)が欲しい」「個人の診療所はいや」・・・ いやはや、近頃の若いものは、と怒ってみてもどうにもならない。過日、「募集」の貼紙をしたら六十歳の方が応募してきた。若い人の問い合わせはゼロ。笑い話で済ますことができない現実ではあります。
 個人経営の三分法というのがあって、いささかドンブリ勘定のきらいはありますが、それによると、人件費に三分の一、諸経費に三分の一、残り三分の一を事業主の取り分とするのが健全な姿だという。最後の三分の一には拡大再生産の原資が含まれる。しかしながら、開業医の経営バランスはとうの昔にくずれ去り、そろそろカーテンを取り替えなければ−−ペンキも塗り替える時期にきているな−−今年は無理かな−−などとつぶやきながら、朽ち果てていこうとしているのではなかろうか。
 「高齢化」「経営悪化」「後継者難」これが開業医の3Kだとか。なんだか過疎地の農業と似ている。似ているどころかそっくりなのかもしれない。




バイパス 1992.12 (93.1号)

 あけましておめでとうございます。
 このひと月くらいの間に求職の問い合わせが数件あった。めずらしいこともあるものだ。やはり今年は大雪か。医学系・医療系への進学志願者も近年になく多いと聞く。それもこれもどうやら不景気のお蔭らしい。
 成層圏不況・ステルス不況・ポストバブル不況・二日酔い不況など、平成不況にはいろいろの呼び名がある。バブルとはよく言ったもので、見事なはじけぶりだ。「バブル」という表現は平成の新語かと思っていたが、意外なことに二百年も前から英国で使われていたらしい。
 企業が、本業ではなく「含み資産」をもとに巨額な資金を動かして膨張する。目端の利く人間が労せずしてあぶく銭を手にする。首都圏のマンション会社から投資を勧誘する電話がしょっちゅうかかってくる。すげなく断ると無知蒙昧をなじるような口ぶりに変わり、憤慨したりもした。どこか狂っていると思いながらも、真面目に仕事をすることに虚しさを感じさせられたのも事実だ。医療が3Kだ8Kだなどと言いたてられる背景には、こうした経済活動から発するモラルの崩壊があったのだろう。
 不景気は歓迎されるものではないけれども、狂っていた歯車がまともになったと言えなくもない。「世直し不況」という呼び名もあるそうだ。歪んだ政治経済システムの全てが原因になっていて、世直し抜きには景気が回復しないとのことである。納得。基本に帰ろう。平成五年酉年。花は根に鳥は故巣(フルス)に。




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