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数字でウソをつくな! (その2)

協会FAXニュース No.12(97-9-25) に掲載

 「医療費の3割=9兆円が不正請求、歯科は5割」、この数字が独り歩きしている。医療関係者には信じられない数字である。3割以上、医療従事者は不当なタダ働きをさせられている、としたほうが実感に近い。とはいうものの、事情を知らない人には「3割不正」は信じられやすいかもしれない。

 元をただすと、あるフリーのジャーナリストが雑誌に書いた記事である。それが某全国紙やテレビ放送に引用され、それを読んだり見たりした評論家などが自分の発言に引用し、それがまたマスコミ上で広がっている、ということのようだ。あたかも、調査にもとづく事実であるかのように流布しているが、そのそもの発端はどうだったのか。

 初出の雑誌記事では、ある医療指導官(匿名)の発言となっている。その官吏が個人的な印象を語っているのである。また、「歯科の不正が5割」も匿名の大学教官の発言である。どちらも、事実にもとづく責任ある発言ではなく、匿名で個人的な印象を語っていることに注意を払う必要がある。

 いかなる根拠に基づく数字なのか、確かめようがない。本人の発言とジャーナリストが文章にした記事と、ほんとうに同一内容なのかどうかも確かめようがない。そもそも実在の人物なのかどうかさえ、確かめることができない。しかし、いったんマスコミの手にかかると、こういう意外性のあるネタは珍重され、独り歩きを始める。

 さも根拠があるかのような具体的な数字を示すと、信じられやすい。主観的な印象や憶測にもとづく数字を扱うには、慎重であってほしい。さいごに、「個人的印象」を述べさせていただく−−−「マスコミ人の9割は数字を盲信する短絡思考回路の持ち主である」・・・ただし、この数字は引用不可とします。

          1997−09−24 小熊清史

追加:さきの医療指導官が実在するとしたら、このような思い込みの強い人物に職務を委ねることはいかがなものか。黒い靴を履いた男はドロボーであり、赤い靴を履いた男はヒトゴロシだ、と信じ込んでいる警察官がいたとしたらどうだろう。


付録(とやま保険医新聞97年10月号・コラム)


 大正一二年九月一日に起きた関東大震災による被害は、死者・行方不明者一四万人を数えた。同時に起きた朝鮮人虐殺は、「朝鮮人が暴動を起す」とのデマが原因である。社会主義者もついでに虐殺された。この事件は日本の歴史に大きな汚点を残した。
 ヨーロッパでは、中世のある時期、猫がほとんど姿を消したという。魔女狩りの旋風が吹き荒れた時代である。猫は魔女の使いだと考えられていた。そのために、魔女と疑われた男女だけでなく、猫たちも片っ端から捕らえられ、焼き殺された。魔女狩りはキリスト教史に大きな汚点を残した。
 日本の医療費の三割、九兆円は不正請求なのだそうだ。なんとも不思議な話だが、日本を代表するような大新聞が書き立てている。誰かが口にした根拠のない憶測にすぎない噂話が、具体的な数字で活字にされたとたんに、事実であるかのごとく振る舞いはじめる。
 関東大震災に際してデマが広がった背景には、朝鮮人を虐待していることへのやましさがあり、「いつか仕返しされるのではないか」との恐怖心があった、といわれている。魔女狩りは、絶対無謬の神にかこつけて教会の権威と権益を守った。
 三割・九兆円の一件も、社会保障をないがしろにする政治から目をそらすための魔女狩りであり、ジャーナリズム史に汚点を残すことになろう。


続・付録(後日談)


 全国保険医団体連合会は岩波書店・「世界」編集部に対して抗議を行った。
 回答は、当該記事には断定している部分はない、どこが問題なのか、と木で鼻をくくったような内容だった。この論法でいくなら、どんなデタラメを書いても、「〜と誰かが言った」、「〜と言う人がいる」と付け加えれば、すべてが免罪されることになる。ちかごろのジャーナリズムは、一事が万事この調子なのだ。主張するなら堂々と主張すればいい。間違っていたら、ゴメンナサイでもいいではないか。無謬性の神話は宗教とイデオロギーの専売だ。ジャーナリズムが真似ることはない。



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イヌホオズキ(花言葉=うそつき)