数字でウソをつくな!



 日本を代表する某全国紙の朝刊に図Aのようなグラフが掲載された。1985年の医療費を100とした指数で各国の医療費増加を比較したものだ。図Aは新聞の引用元のデータから表計算ソフトで再構成した。新聞紙上のものは、縦軸が2倍ほどに拡大され、したがってグラフの傾きはずっと急勾配になっている。日本の医療費は急速に増加し、トップをうかがう勢いである。
 予備知識なしでこれを見れば、なるほどそうか、と納得する人がほとんどだろう。ところが、これはとんでもないウソ。「日本の医療費は高い」という先入観が、このような間違ったデータを採用させ、さらなる誤解を拡大していく。
 どこがウソなのか、検証する前に、このグラフの特徴をいくつか確認しておく。

 1.日本の医療費は85年から93年の間に3倍に増えている。
 2.92年から93年にかけて、日本の医療費が急増し、逆に、米国以外の諸国は減少している。
 3.88年から90年にかけて日本の医療費が減少している。
 4.米国は安定した最低の伸びで、85年から93年までに約2倍の増加である。

 図A

 85年の日本の国民医療費は約16兆円、93年は約25兆円。約1.5倍になっている。なのに指数が「3倍」になるのはナゼか。じつは、この間に、円の対ドル為替レートが約2倍になっているのである。1.5×2=3 という単純な計算で「指数300」のからくりがわかる。

 さらに、為替レートの変遷(→通商産業白書)をみると、92年から95年にかけては円高が急速に進んでいる。このことが、92年から93年にかけて日本の医療費が突出して増加しているかのように描かれる理由である。またドル安を伴わない円高であることが、その他の国の医療費が減少しているように見せている。
 同様に、88年から90年にかけて円安(ドル高)が進んだ時期があり、それが日本の医療費が減少しているかのように見える理由である。

 図Aのグラフは各国の医療費を、その時の為替レートでドルに換算し、そのうえで85年比をとって指数化したものなのである。その結果、医療費ではなく為替レートの変遷を表わすグラフになってしまった。医療費を語るには、何の役にも立たないグラフなのである。

 各国の通貨での対85年比をグラフにしたのが図Bである。米国のデータは図Aと同じになる。何にも換算されない本家のドルが変わらないのは当然だ。

図B

 図Bのグラフでは、日本の医療費が、一転して、最低の伸びとなる。ただし、各国別通貨での指数化には、物価変動を加味しないと、「インフレ率の国際比較」になってしまう危険がある。(→総務庁統計課

 しかし、物価の変動を国際比較するのは、そう簡単ではない。国により物価の基準になる「物」が異なる。米国の米価と日本の米価では社会への影響がまったく異なる。
 そこで、医療費や社会保障費などを国際比較する場合にはGDP(国内総生産)との比を用いるのが通例になっている。図Cは医療費の対GDP比(%)による比較である。日本の医療費が国際的にみて、きわめて低いことが明らかである。

図C

 数字を使ったウソが横行している。「日本の年寄りは金持ちだ」、「薬価差益が1兆3千億円」というのもそうだ。しかも、それを最初に言い出した人または組織は意図的だったかもしれないが、二次的に流布する者は、信じて主張するから始末がわるい。くれぐれも、だまされないように・・・・

    1997−09−20 小熊




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