時論-9  

地域雑誌「新川時論21」第9号の紹介



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人と人との間に<3>

差別・人権を考える 『差別表現』の問題

鈴木 修


 本シリーズは、人と人との間に生ずる…一方が他方を侮蔑したり攻撃したりする行動=差別がどうして生ずるのか、この疑問について考えていこうという趣旨で始めました。
 問題が大きいだけに少しずつ周縁から述べていきたいと思っていました。しかし、本誌8号記事中に、韓国・朝鮮の人たちを侮辱するおそれのある表現がありましたことの陳謝と反省の意も含め、事の説明とあわせて『事実問題』を取り上げたいと思います。
飛び出した差別用語「バカチョン」

 本誌第8号の23頁「読みさしの本」文中に次のような文章がありました。
 「下手な鉄砲数打ちゃ当たる式のバカチョンスナップしか撮らない…」
 『バカチョン』というコトバが気になり、筆者に次の趣旨で送信しました。
 (前略)ところで、不愉快とお思いでしょうが、『表現問題』について一言。書籍紹介のコーナーでの『バカチョンスナップ』との表現、『バカでもチョンでも』簡単に撮れるインスタントカメラを『バカチョン』という表現スタイルは、かなり広く一般に使われています(私も使っていました)。『バカチョン』は、『バカ』と『チョン』のよく似た意味合いの言葉を並べることでテンポと意味合いを軽くし、しかも受け手には軽侮(簡便)のイメージを的確に伝える。
 『チョン』は、朝鮮人に対する侮蔑的意味合いの強い『差別用語』として、戦前は汎用され、現在においても意味性を失わずに『通用』している。そのため『バカ』という一般的な軽侮の意味合いの言葉と、特定の集団と構成員に対して差別的、一方的に向ける軽侮の意味合いの言葉『チョン』とをくっつけたものになっている。そのため、この『表現』には、朝鮮人への差別・軽侮の念を受け手側に思い起こさせたり、なじませたりするなどの差別的効果が潜む。以上のような論旨で、社会的に問題となった『表現』です。
 書き手にその意志がなくても、言葉に塗り込められた意味合いが受け手側に無意識に作用してしまう、ということから使用に当たっては慎重であるべきと思います。
 参考までに『バカでもチョンでも』の表現については、『西洋道中膝栗毛』(仮名垣魯文、明治3〜9年)に「仮染めにも亭主に向かって…ばかだのちょんだの野呂間だの」とあり、『ちょん』の意味は、「おろかな者、取るに足りないものとしてあざけり言う語」とあり(広辞苑)、これが本来の正当な使われ方でした。
 したがって、そもそもは『チョン』には、朝鮮人を指称する意味合いはなかったはず。むしろ、『ちょん』という一般的に人を軽侮する言葉を、朝鮮民族への差別と圧迫を強めていく時代の流れの中で、朝鮮人の上にかぶせていき、ついには朝鮮人を特定して指称し侮蔑する同義蔑視語としての意味合いをも内包してしまったのだろうと思われます。(以下略)
 ほどなく筆者から、「指摘の内容について承知した。編集会議の場で全体の論議にしたい」と連絡がありました。編集会議は私を含めて8人の参加でした。そして、本号で、出席者の意見に基づく本誌の見解を示し、あわせて『差別表現』問題について考えてみようということになりました。

編集会議で一致した--「内容不明の処理せず」

 筆者である濱田實氏に差別の意図がなかったことは明白です。濱田氏(私にとっては高校時代の恩師)の社会的不条理、差別問題に対する明確な姿勢は、33年前に一生徒として受けた印象と変わらず一貫しておられ、尊敬もしております。また文脈の前後の流れから見ても、芸術性の高い「写真集」を紹介する「羽目に陥った」「最も不適格な者」である自身を謙遜・卑下するために軽妙なノリで使用されたことも明らかです。まさに正当な使用をされたわけです。
 それにもかかわらず、その言葉尻を捕らえて噛み付いたかのような私の指摘を、筆者のみならず出席者同人全員が正面から受け止めていただき、正直言って安堵しました。
 なぜなら、最近の風潮としていわゆる『言葉狩り』の行き過ぎとそれに反発した『表現』問題への無関心や、逆に形式主義、対策主義から、問題となる表現を回避するだけで実は思考を停止する傾向も広範囲にあるからです。
 大江健三郎氏は文筆する者の姿勢として、コトバ(文章)が書き手を離れて受け手にどのような影響・効果を与えるかということを常に自覚していなければならない、という趣旨のことをどこかで述べていました。
 本誌としてどのような姿勢をとるかについては、編集会議で、即決、次のように一致しました。基本的に表現規制はしないが、放任もしない。差別的表現については自覚を持って対応していく、という立場です。したがって、よく見かける『不適切な表現がありました。お詫びして訂正します』式に、何が、何故「不適切」なのか内容不明の処理をしない、ということです。

悪口と差別語--双方向性があるか否か

 『差別表現』というときに、表現の全体とコトバとに分けて考えることができます。コトバに関しては、マスコミでは『差別語』『差別的用語』『不適切な用語』『不快語』などの使い分けがされているようですが、その定義はあいまいです。
 『差別語』が、単なる悪口とどう違うのかについて、『バカ』と『チョン』の例によって述べます。『バカ』が一般的侮蔑語(悪口)であるのに対し、『チョン』は差別的侮蔑語と言えると思います。つまり、『バカ』はAからBに、またはBからAに向かって、双方言い返せるのに対して、『チョン』は、被差別の当事者である場合、相手に返すことができません。双方向性と一方向性の違いがあることが明らかであり、差別性の有無の一つのポイントです。
 また、非当事者同士のやりとりであっても、常にその場にいないはずの被差別の当事者に向けられています。
 今回の表現を例に見ますと、表現主体である筆者は、自身に向けて謙遜・卑下の効果をねらって使用したのですが、歴史的な流れの中で『チョン』というコトバに塗り込められた差別的意味合いや軽侮の情感が無意識に共有される可能性について、非差別の当事者である朝鮮人を直撃しているという構図です。
 侮蔑的意味合いが強く込められた一方向性しか持たないコトバは、その他にも多数あります。日頃の会話の中にまぎれ込んでいないかどうか、この機会に考えてみませんか。

コトバの社会性

 ところで、表現主体の意図と無関係に差別的効果が生ずるとは、どういうことなのかという疑問があります。
 そもそも、コトバに意味を持たせるのは表現主体だけではありません。むしろ、コトバ自体は本来的には意味性を持ちません。仏教でいう「本来自性なし」です。
 単なる音や文字の記号に意味を持たせるのは発信者と受信者の双方であり、社会そのものです。したがって、受信者側(社会)にその意味合いを了解する状況があるということが問題なのです。
 現実に、『バカチョン』というコトバに、差別的意味合いを感じている人がどれだけいるかはわかりません。編集会議の参加者8名の中で5名が、『チョン』というコトバの中の強い差別性に気づいていたので、あえて使用しないようにしていたということでした。

差別コトバになじんでいないか

 次に、コトバ自体は消えていくもの、そう神経質にならなくても、というご意見もあるかと思います。しかし、私たち人間の意識はコトバを媒介として存在しています。コトバに意味を持たせ、そのコトバによって意識活動を行っています。差別的意味合いや情感を強く内包しているコトバをひんぱんに共有し、なじんでいる状況があるなら、私たちの意識のありように影響しないとどうしていえるでしょうか。差別的意味合いを内包したコトバが氾濫しているとしたら、それが社会の意識状況の実体といえるでしょう。
 『表現問題』をタブーとして棚上げ、思考停止するのではなく、表現規制をしないが放任もしないという立場で、その裏側にひそむ問題を直視していくことが大事ではないでしょうか。

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坂本都子さんのご両親 大山友之・やえさん来魚

本誌同人と懇談

 オウム事件の悲惨な犠牲者、坂本堤弁護士夫人・都子さんの追善供養のため、両親の大山友之・やえさんが9月26・27両日来魚、僧ヶ岳の現場で慰霊の集いを行った。今回は「坂本事件の真相を追求する茨城の会」のメンバー5人も同行、26日夜、小熊代表以下本誌同人6人と大谷温泉で懇談会を持った。

 坂本弁護士一家殺害事件については
 こちらをごらんください。→ http://www.mars.dti.ne.jp/~takizawa/

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TOKYO通信  No5   景気回復の大合唱の中で思うこと

北海人

七月の参院選での自民党の大敗で、政治は景気対策一色となり「財政構造改革」等の改革はこれを「火だるまになってもやる。」といった橋本政権と共に雲散霧消した。今ごろ言うのも気が引けるが、この六つの構造改革は「この国のかたち」をどうするのかと問いかけ、社会構造の変革を意識したものであり、問題意識としては今日の転換期の時代をそれなりに正確に反映していたと思う。明治維新、戦後改革に次ぐ「第三の改革」と名付けた地方分権改革少なくとも「ネーミング」だけは今日の危機意識を反映している。
 後を受けた小渕内閣は、景気対策に汲々とするのみでこうした「キャッチコピー」すら作れずにいる。そして、相も変わらぬ「公共事業」のバラ撒きで景気回復を図ろうとしている。

都市と地方の対立

 最近、公共事業の投資先をめぐって「都市と地方」の対立が言われるようになった。八月二十七日付の「夕刊フジ」は、八月二十五日の自民党道路調査会(綿貫民輔会長)で東京選出の一年生議員が『道路財源の税収はどこであげているのか。東京など大都市ではないか。ところが東京で金を集めて田舎にばかり使っている。国会から二十`しか離れていない葛飾区から朝でてくるのに一時間四十分もかかる。このひどい状態を解決しないで、自民党に投票してくれと言えるのか。』と都市議員の”反乱”とこれに同調する都市部選出議員の声を紹介し、これに対し綿貫民輔会長始め自民党建設族などの幹部は地方の選出で「別の世界の話しを聞いている」感じ、と報じている。参院選で東京、神奈川、埼玉、大阪、京都、兵庫と大都市で壊滅状態だった自民党の危機感ととまどいの現れである。

都市政策が無い

 東京に住んで二十五年を超えたが、かねがね、自民党には「都市政策(対策)」が無いと思ってきた。農林水産業対策は言うに及ばず新産都市の指定、テクノポリス構想、「国土の均衡ある発展」という全総や最近の「中心市街地の活性化対策」もいわば地方対策である。首都機能移転も都市のためと言うよりは、地方とゼネコンのための狙いが強い。
 一局集中抑制のための都市の「成長管理」や必要な規制、困難な都市住民の合意形成、都市の環境対策や住民のアメニティの向上、こうした努力を自民党は怠ってきた。
 都市住民の選挙権の重みを五分の一以下にしておいても、産業は集中し経済や文化を引っ張っていてくれる。望んで都市に集まる人々は、住宅難や通勤地獄を覚悟の上でのことである。と考えればそこに公共投資を集中する必要はないと考えられてきたように思える。もっとはっきり言えば、公共投資をいう税金を投入することによりゼネコンと一体になって住民を組織し支配するには地方はやりやすく都市は難しかったのだ。
 しかし、社会資本の余りの貧弱さに、都市の若者は子供を生まなくなり、政治に期待を抱かず投票に行かなくなり、「公共」というお上にも素直には従わなくなった。

「都市に投資せよ」

 一方、財政構造改革の中で、地方の公共事業に対し「釣り堀になっている港湾」「犬しか歩いていないスーパー農道」「三年で埋まってしまう砂防ダム」等という批判が出てきており、公共事業の有効性の評価が厳しく問われ出している。
 財政学的に公共事業の乗数効果が低下してきていることはここ数年指摘されていたが、ここにきて例えば八月二十六日の日経新聞は「公共事業が無駄なのではなく効率的配分(= 都市の社会資本整備への投資)が実現できれば減税よりも景気回復の有効打になる」と日銀幹部の指摘として紹介している。つまり都市に投資せよと言うわけである。同様の主張が同日の朝日新聞にも「首都圏のインフラ整備を」の見出しで「経済気象台」と言うコラムに書かれている。
 都市への投資がより効率的なことは、明白だ。橋にしろ道路にしろ公共施設の効率は企業や人口の集中する都市の方が絶対高くなる。不景気の中、限られた財源を有効に生かすにはこれが当然という主張である。

新しい都市と地方の関係

 では、この論理で公共投資を進めていいかとなると大きな疑問が残る。一言で言えば「生活する人間の姿」がこの議論にはない。もっと言えば、都市に住もうと田舎に住もうと人として同じように生活に満足ができ、尊重されていると感じることができるために、行政は何をすべきなのかと言う観点が欠落している。景気対策という視点しかないのである。
 都市住民と地方の生活者がどんな問題を抱えどのような生活を望んでいるか、自分たちの未来をどのように描くか、これを明らかにしない限り公共投資のありようも見えない。言えることは、バブルに踊った時のような消費生活や経済のありようをもはや人々は望んでおらず、新たな生活スタイルを模索していると言うことである。そのような、模索の一部として都市と地方の新たな交流も試みられている。週末は東京を離れて暮らす人も少なくはない。
 バブル崩壊後の新しい社会や経済のありようが求められている。公共投資も国家の力を背景にした強力な政治的経済行為であり、当然そのあり方は大きく変わらねばならない。その中心にあるのが、新しい都市と地方の関係、都市住民と地方に住む人々のより人間的な生き方でなければならないと思うのである。

1998.9. TOKYO KITA

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