〈メニューへ戻る〉

数字でウソをつくな!(その3)


 水野肇氏は高名な医療ジャーナリストであり、ときには医事評論家とも呼ばれ、数多くの著書がある。しかし、厚生省の老人健康福祉審議会委員であることは、あまり知られていないようだ。

 氏の近著『医療・保険・福祉改革のヒント』(中公新書)のなかに、「日本の予算における社会保障関係費は1996年度の予算で14.3兆円。一般歳出の3分の1を占め、公共事業費(8.5兆円)の1.7倍・・・」との記述がある。

 厳密には「ウソ」ではない。が、事実のカケラを寄せ集めて虚像をつくるジャーナリストの得意なテクニックである。

 「一般予算」に計上されている数字だけで日本の公共事業と社会保障の費用を比較することはできない。そのことは先刻ご承知らしく、上記の記述のすぐあとで、医療関係予算6.5兆円が、実際の国民医療費では27兆円になる、と述べている。

 これは、社会保険制度をとっている以上は当然のことである。残りの20.5兆円は保険料(国民+事業主)と窓口負担金(保険一部負担金+保険外負担)などでまかなわれている。同様のことは年金でも言える。社会保障給付費全体では37兆円(H5年)となるが、国の一般会計歳出との差のほとんどは保険料でまかなわれていることに注意しなければならない。

 さて、医療費については予算を超えた論をなし、なぜ公共事業については、それ以上言及しないのか。これでは、「公共事業よりも社会保障に多く税金を使っている」と言わずして、そう印象づけようとしているとしか思えない。

 水野氏の著書で、意図的に省略された部分を補ってみよう。素人の手には余ることを承知のうえで、やむにやまれぬ思いで挑戦してみる。

 手始めに国の予算の構成をおさらいしておこう。


平成8年度
一般会計予算

 予算は一般会計予算と特別会計予算に大別され、後者は38あり、うち11が公共事業である。一般会計予算の歳出(支出)は一般歳出(58%)と国債費(22%)、地方交付税交付金(18%)、その他で構成される。(数値は平成8年度予算=以下同)

 一般歳出のうち最大のものは「社会保障関係費」(14.3兆円、一般会計の19%)、ついで「公共事業関係費」(8.5兆円、11%)である。

 「公共事業関係費」には「産業投資特別会計繰入」を含めた政府資料もあり、これだと9.7兆円(13%)となる。また、文教施設などの「施設費」が加えられることもあり、これを含めると11兆円(15%)となる。「施設」ではあっても医療福祉施設は社会保障関連費に分類される。このように、官製の資料の中でも「公共事業」の範囲は一義的ではない。

 以上は「一般歳出」の範囲での議論である。もういちど一般会計全体を見ると、「国債費」が22%を占める。これは、建設国債(60年償還)と赤字国債(10年償還)の元利払いの費用であり、元をただせば公共事業のツケである。公共事業と公共事業のツケとで国家予算の三分の一以上が消えていくのだ。ここですでに「1.7倍」の根拠は崩れる。


平成8年度一般会計予算より

公共事業関係費は
11兆円とする見方もある

国債費は16.4兆円



 社会保障と同じように、公共事業も国の一般会計だけで行われているのではない。

 公共事業にどれだけの金が投下されているのか、捕捉するのは容易ではない。公共事業の線引きが不明確な上に、カネの流れが非常に複雑であり、財政学の専門家でさえ手を焼いている。たとえば、道路についてみると、一般予算の道路整備費は道路整備特別会計で5倍に膨らみ、さらに地方財政と財政投融資が加わって4倍になり、最終的には国の一般会計の20倍が投資されるといわれる。(岩波新書『公共事業をどうするか』より)

 行政が行う公共事業には、国が直接行う「直轄事業」、地方に補助金を与えて行う「補助事業」、地方が独自に行う「単独事業」がある。行政だけでなく、公団・事業団・公社などの公的団体が行う事業なども、実態としては公共事業とみなされる。鉄道などの公益的な民間企業が行う事業や、業界団体が行う公共的な事業は公共事業には含めないのが通例のようだ。運営費用などは、さまざまな下請け孫請けの半官的な法人や三セクがからみあい、いっそう分かりにくい。

 公共事業費については48兆円との推定(前記『公共事業をどうするか』より)がある。しかし、様々な形態で分散している公共事業費を集計するのは困難であり、定説はない。とくに注意したいのは、社会保障の保険料などとちがい、使途が明らかにされないで徴収された税金が使われ、そのうえ公債という形で国や地方自治体の赤字の主因になっていることだ。

 公共事業によって社会資本が形成される部分が「公共投資」と称される。ここから用地費・補償費を除いたものを「公的固定資本形成」(IG)という。言ってみれば、純粋なハコモノ部分である。すなわち、{公共事業費}>{公共投資}>{公的固定資本形成}であり、公共事業費の一部であることに注意。国際比較する場合には国内総生産(GDP)との比によって行う。このようにして公表されている値(IG)は1995年31.4兆円、GDP比9.1%である。


日本は95年
他は93年

『財政構造改革白書』より

 公共事業費の実態が不透明なことにいらだちを感じるが、すくなくとも社会保障と同程度、おそらくそれ以上に資金が投入されている。「社会保障費が公共事業費の1.7倍」というのは、一般会計のなかの一般歳出に計上された数字の比較であり、「木を見て森を見ない」の見本のような話である。 公共事業の実態と費用の流れを明らかにし、有権者からのチェックが働くようなシステムにすることが急務だ。役所の看板を掛け替えるだけの「行革」では、何も変わらない。

 一般会計に計上された数字だけを比較してモノを言うことは危険である。ウソをつくことになるか、または無知をさらけだすことになる。

 

    1997−10−12 小熊


《PageTop》




イヌホオズキ(花言葉=うそつき)