医療改革を試す五択五問

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 私の属する医療団体で使用するために作成した「五択」問題です。まわりからは、難しすぎるという評価がもっぱらではありますが、チャレンジしてみてください。
なお、問1〜3は『とやま保険医新聞』8月号(第201号)、問4〜5は9月号(第202号)に掲載しました。

1997-06-18:問2−2の解説を変更(新資料追加)
1997-06-19:問5−1の解説を変更(数値の更新)
1997-06-24:問1−3の解説を変更(数値の追加と訂正)
1997-10-31:解説に図表を追加



 

第1問 医療費がこのまま増えていくと国が破産する、と心配する人がいます。次の5つの中から正しいものをひとつ選んでください。

(1)日本の医療費(GDP比)は福祉先進国のスウェーデンやデンマークと同程度であり、世界のなかでもトップクラスである。

(2)日本の医療費(GDP比)はスペインやハンガリーより低く、先進国のなかで最低クラスである。

(3)日本の医療費の増加率は先進国のなかでトップクラスである。

(4)医療への国庫補助は日本がアメリカの約3倍である。

(5)医療保険への国庫補助金は法令で定められただけでは不足なので、それ以上に補助されている。

 → 解説
 

第2問 「薬漬け医療」と批判の多い薬剤について、次の5つの中から正しいものをひとつ選んでください。

(1)日本の医師は世界一たくさん薬を使っている。

(2)薬の価格(薬価)と医師が薬を仕入れる値段の間には約3割の利幅がある。

(3)日本の製薬企業は経営難にあえいでいる。

(4)日本で開発される医薬品のほとんどは国際競争力がない。

(5)新薬の価格(薬価)は原価にもとづいて決められている。

 → 解説
 

第3問 日本の医療費は行った診療行為に応じて支払いをする「出来高払い方式」が基本になっています。次の5つの中から正しいものをひとつ選んでください。

(1)医療費の「出来高払い方式」は日本独自の方式である。

(2)「定額払い方式」は新しい医療技術の導入に適した方式である。

(3)「定額払い」では、いかなる場合でも医療費は一定額で打ち切りになる。

(4)「出来高払い」の元になる「保険点数」は、2年に1回、物価・人件費の上昇にスライドして引き上げが行われる。

(5)日本の保険診療(点数)には「定額払い方式」が大幅に取り入れられている。

 → 解説

 

第4問 世代間の公平の見地から老人も応分の負担をすべきだ、との主張があります。次の5つの中から正しいものをひとつ選んでください。

(1)老人医療に要する費用は公費(国・都道府県・市町村)と、保険者(健保・共済組合・国保)の拠出金で折半してまかなわれている。

(2)日本の高齢者世帯において、年間所得が150万円付近の世帯が最も多い。

(3)介護保険や新老人保険の保険料負担を見込んで、年金給付の改善が予定されている。

(4)日本は21世紀初めに世界一の高齢社会となり、その後、他国との差は開くいっぽうになる。

(5)受益者負担の原則にもとづく「一部負担金」は世界共通の制度である。

 → 解説

 

第5問 医療や福祉について、次の5つの中から正しいものをひとつ選んでください。

(1)日本の社会保障給付費(GDP比)はドイツ・フランスと同程度で、アメリカより多く、スウェーデンより少ない。

(2)日本の社会保障給付費のなかで、年金がおよそ半分を占めている。

(3)日本の公共投資(GDP比)はアメリカの約1.5倍である。

(4)新ゴールドプランが実現されれば、日本の高齢者福祉の水準は福祉先進国並みになる。

(5)ドイツの公的介護保険が95年にスタートしたが、90%以上は申請どおりに介護が給付されている。

 → 解説

 → 解答




【解説1】

(1−1)福祉先進国の医療費は、むしろ低い。94年OECD諸国の医療費(GDP比)をみると、スウェーデンは中くらい、デンマークは日本よりも低い。なお、トップ5は、アメリカ・カナダ・オーストリア・フランス・スイスの順。

(1−2)日本の医療費はアメリカの1/2、フランスの3/4、OECD27カ国中22位(94年GDP比)。日本より低い国は、デンマーク・ルクセンブルグ・メキシコ・ギリシア・トルコの順。

(1−3)80年〜90年の医療費(GDP比)の変動:加盟27ヶ国平均は6.9→7.6。先進7ヶ国平均は7.8→8.5。日本は6.6→6.8

(1−4)医療への国庫補助はアメリカが日本の約3倍。社会保障税(目的税)相当分を除外しても2倍。逆に、自己負担率は日本22%アメリカ23%と同レベル。

(1−5)値切ったうえに支払いが滞っている。もともと公費負担が少ないのに、政管健保への国庫補助率(医療費ベース)が92年度以降16.4%から13%に引き下げられた。さらに85年度以降の補助金の未払分があって、その累計は8200億円にのぼっている。補助率は健保の財政状態しだいで旧に復する約束になっているが、その相当額は92年度以降の累計が7600億円であり、これも隠れた未払いである。国保についても、84年度から国庫補助率が45%から38.5%に引き下げられ、その相当額は95年単年度で4000億円である。

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【解説2】

(2−1)患者一人あたり年間外来薬剤使用量:日本・フランス・ドイツ・アメリカ・イギリスの平均を1とすると、日本は0.92で、ドイツ(0.96)、イギリス(0.94)と同程度。これに対して、単価にあたる薬価は平均で1.5倍。新薬に限れば3倍。

(2−2)実売価格の平均に10%(Rゾーン)を加えて薬価が定められる。実際には調査時点以降の実勢価格の変動があるから、それより差額は大きくなる。1兆3千億円・25%という、かつて厚生省の算出した数値(1991年)が今だに引用されるが、これは1992年、薬価算定方式を現行の「Rゾーン」に変更する以前の「90%バルクライン」時代のものであり、まったく参考にはならない。厚生省の資料では、その後の薬価差は93年23%、94年20%、95年18%、96年14%と徐々に縮小している。段階的にRゾーンを縮小してきたためである。発注・検品・支払・保管・棚卸はもちろん、在庫残量をチェックし、在庫切れのないように管理する。期限切れ品を処分する。また、患者に投与したあとは、請求から支払までに約2ヵ月の期間がかかる。ときには支払を査定される。これらにかかる人件費・設備・損耗・金利などのコストを考えなければならない。薬価差が15%以下になると管理コスト割れ(赤字)になるともいわれている。

年度別薬価差の乖離(厚生省)
改定率 R幅 薬価差
平成3年度 -8.1% 15% 23.1%
平成5年度 -6.6% 13% 19.6%
平成7年度 -6.8% 11% 17.8%
平成8年度 -4.4% 10% 14.4%
(単位はいずれも%) 各年度薬価調査時


(2−3)東証1部上場企業の調査(95年和光経済研究所)によると、売上高経常利益率の製造業平均が2.84なのに対し、医薬品メーカーは14.27。平均を5倍もうわまわり、断然トップの好業績である。

(2−4)医薬品の画期性のランク付けによると、日本で続々と開発され認可される「新薬」のうち、有用なものは1割に満たないともいわれ、日本でしか使われていない薬が数多くある。また、高薬価に支えられた日本の「新薬」は、価格面でも国際競争力がない。

(2−5)製造コストや研究コストは公開されていない。類似薬効の先行薬剤の薬価を参照して決定されるらしい。薬価決定のプロセスはほとんどブラックボックスに近い。

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【解説3】

(3−1)先進国の診療所外来における診療報酬支払方式は、イギリスを除いてほとんどが出来高払方式を基本にしている。いっぽう、病院の医療費については定額方式が主流となっている。

(3−2)厚生省の作成した資料によると、出来高払方式の短所として、1.過剰診療を誘発し一部の者による不正の恐れがある。2.医療費をコントロールしにくい。3.請求・支払の事務が複雑になる。などをあげている。いっぽう定額払方式については、1.過小診療になりやすい。2.診療内容が不透明である。3.重症患者を避けるなどの患者選別のおそれがある。4.新技術を取り入れにくい。などの短所があるとしている。行政の立場からではあるが、それなりに公平に評価している。

(3−3)しばしば「青天井」の見本としてヤリ玉にあげられる高額レセプトは、大手術を伴う難症例で予後不良なケースがほとんどである。予後の不良なものへの保険給付を制限するために定額払が利用されるならば、医師は死神の役目を負わされることになる。このような非定型的な経過をたどった重症例では、定額払制をとっている諸国でも出来高的に追加支払が行われるのが普通である。

(3−4)予算枠の範囲内でのやりくりで決定される。診療報酬と物価・人件費との乖離は年々大きくなっている。1980年の診療報酬・物価・人件費をそれぞれ100とすると、1993年のそれは、104.7、130.2、143.2となる。

(3−5)いわゆる包括制というかたちで定額払い方式が幅広くとりいれられている。その比率は6割を超えるとも言われる。入院部門では8割に達するともいう。しかも「定額払制に不可欠な賃金・物価スライド制」は取り入れられていない(二木立=日本福祉大学教授)。たびかさなる政策的あるいは便宜的な微調整がつもりつもって、保険点数が医療コストを反映しないものになっており、これが医療を歪めていることも見逃せない。

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【解説4】

(4−1)費用の70%を各保険者の拠出金で賄い、残りを国が20%、都道府県と市町村が5%づつ負担することになっている。ただし、老人保健施設療養費、介護体制のととのった老人病院の入院費、老人訪問看護療養費については公費の負担を50%としている。なお、ここでいう費用とは、患者の一部負担金(自己負担分)を除外した金額であることに注意。

(4−2)厚生省統計情報部「国民生活基礎調査」(H7年)によると、高齢者世帯の平均年収は332万2千円、中央値は約250万円。最頻値は150万円付近。最頻値よりも平均値が用いられることが多いが、およそ7割の世帯が平均以下になる。高齢者世帯の定義は、65歳以上の夫と60歳以上の妻の二人暮らしか、そのどちらかの一人暮らし、ただし18歳未満の未婚の子どもと暮らす世帯を含む──すなわち、子に扶養されている高齢者は除外され、経済的に自立可能な者を主な対象とした統計。該当するのは全高齢者の約4割である。この統計の平均値を、あたかも高齢者全体を代表するかのごとく扱うのは大変な間違いである。

(4−3)日本の老人は裕福である、との前提に立ち、「年金制度は社会保障の中で比重を低くする」(厚生省・社会保障関係審議会会長会議議事録より)とされている。すなわち、支給年齢の引き上げ、物価・賃金へのスライド廃止、民間保険への移行などが検討されている。

(4−4)西暦2000年に、日本が高齢化率でトップになることが予想されている。やがて先進諸国は似たようなレベルに落ち着く。先進国は20世紀初めの高齢化率7%超レベル(高齢化社会)から、抜いたり抜かれたりしながら、14%超レベル(高齢社会)を経て、21世紀前半の早い時期に21%超レベル(超高齢社会)へ移行していく。高齢化は先進国共通の課題である。

(4−5)私的保険にせよ社会保険にせよ、保険料を支払った対価として給付が受けられることが原則であり、給付を受ける際に追加支払いを求めるのは例外と考えられている。また、社会保険は、権利であると同時に義務として広く加入させ、リスクを分散するだけでなく、貧困を社会的に予防するという、「所得の再分配」機能を持つ。「一部負担金」という名の追加支払いは、貧窮者を門前払いにし、さらに貧困に追いやる危険を持った制度である。厚生省の役人が考案した「長瀬の方程式」というものがあって、自己負担を増やすと、どれだけ受診抑制効果があるかを予測(期待)している。「受益者負担」は名目であり「受診抑制」が本音である。

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【解説5】

(5−1)社会保障給付費:スウェーデン(52.5%:1992年=以下同)は日本の約3倍で断然トップ、フランス(35.6%)・ドイツ(31.5%)も日本の2倍以上。アメリカ(19.4%)は、先進国のなかでは最低クラスだが、それでも日本(14.6%)よりは高い。日本は「国民負担率」が低いから当然だ、とする主張があるが、負担率には2倍・3倍の差はない。(1993年GDP比:スウェーデン60.9%、ドイツ50.0%、日本34.7%) なお、この数値には財政赤字の分が含まれていないことに注意。

(5−2)年金・医療・その他の比は、日本が5:4:1、スウェーデンが4:2:4、ドイツが4:3:3。日本の社会保障給付費は年金と医療が中心である。換言すれば、老人・障害者・児童などの福祉への支出(その他の分類)は極端に少ない。厚生省はこれを4:3:2の比率にしたい、としている。ただし、これは相対比であって、年金や医療が他の国に比べて手厚いわけではないことに注意。たとえば、日本の「5」はドイツの「4」の半分程度にすぎない。

(5−3)日本の公共投資の経済活動に占める割合は発展途上国並みに高い。アメリカ(1.80%:1992以下同)にくらべて日本(5.69%)は3倍以上である。なお、ドイツ2.30%、イギリス2.11%、フランス3.45%。日本が突出している。

(5−4)新ゴールドプランが実現されたとしても、たとえばホームヘルパーは17万人を目標としているが、デンマークのヘルパーの実数(常勤)を日本の人口に換算すると80万人。相当なへだたりである。しかも、実現がほとんど絶望的。

(5−5)満を持してスタートしたドイツの公的介護保険だが、給付申請に対する却下率が約3割に達している。審査は州単位で行われ、格差が大きい(25〜47%)。また、申請に対する審査の遅れも半年経過後で13%あり、無視できない数字である。

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「五択五問」解答

【正解】 1−(2) 2−(4) 3−(5) 4−(2) 5−(2)

 いかがでしたか。正解が少なくても悲観しないでください。この五択五問の設問は、個人の知識を試すためのものではありません。いま、医療改革を皮切りに「社会保障の構造改革」が進められようとしています。判断の基礎になるべき情報がいかに歪められ操作されているかを試すために作成したものです。  (1997−6−11 小熊)


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