ひとりごと  

北日本新聞夕刊「ドクターのひとりごと」 1997後半

 北日本新聞夕刊「ドクターのひとりごと」欄に掲載した文章を収録しました。版権は北日本新聞社が所有しております。引用などの際には、掲載日付と出処「北日本新聞」を明記してください。

〈 「ドクターのひとりごと」 目次へ戻る 〉


〜1997年6月 1997/07/15 ボスザル 1997/08/04 恐怖症
1997/08/12 捕虜 1997/08/25 福祉医療費 1997/09/09 1〇〇冊の本
1997/09/17 原始人 1997/10/14 テレビ広告 1997/10/27 濁点
1997/11/05 平均と平均的 1997/11/25 センセイ 1997/12/02 
1997/12/08 過剰請求 1997/12/16 介護保険成立 1998年〜

1997/07/15 ボスザル

 上野動物園のサル山でメスがボスになったと報じられた。ただし、いまは「ボス」ではなく「第一位」と呼ぶのだという。人間の世界だけでなく、サルの世界でも女性の進出がめざましいようだ。
 母校の大学から送られてくる雑誌に入学者の名簿が載っていたので、男女の人数を数えてみた。約三分の一が女性である。医学部でも約四分の一が女性。三〇年前、私が学生だったころは十分の一もいなかった。
 看護婦や保健婦は看護士・保健士として男性にも門戸が開かれるようになったが、男性の進出がめざましい、という話は聞かない。歯科衛生士は歯科の分野での看護婦と保健婦の役割をあわせ持ったような資格である。「士」という名称がついているが、資格条件として「女子」が法に明記されていて、男性には門戸が閉ざされている。
 適不適のあらわれやすい職種では、今後も男女のアンバランスは残っていくだろう。いちいち不平等だなどと目くじらをたてることもない。しかし、管理職や政治家に女性が極端に少ない、とくに富山県が少ない、というのはどうしてだろう。富山の女性がとくべつに奥ゆかしいとも思えない。
 スウェーデンの福祉事情についての本を読んでいたら、女性の政治進出の記述があった。女性市会議員の比率が全国平均で三三%、なかには五〇%を超えるところもある、という。いろいろな委員会などでは、男女の一方が六割以上にならないようにする規制もあるらしい。そもそも議員は特別な存在ではなく、なかばボランティアのようなもので、報酬も時給で計算される。
 福祉先進国のキーワードは地方分権と女性進出にあるのではないか、と思っている。ただし、制度的あるいは心情的に割り当てられた女性の進出ではなく、それなりの努力や責任を伴ったものでなければならない。女性の社会進出は、ぬるま湯からの脱出でもあるのだ。

《 PageTop 》
1997/08/04 恐怖症 

「恐怖症」を辞書でひいてみた。
神経症のひとつ。不合理だとわかりながらも特定の対象・状況についての強い不安に苦しむ症状。対人恐怖症・高所恐怖症・閉所恐怖症など。(三省堂・辞林21)
斎藤茂太氏の書かれた本のなかに、歯科恐怖症の女性の話がある。
歯科医に行ったときエプロンで首をしめられるような気がした。口の中に器具を入れられるとそれがそのまま食道にはいって出てこなくなるのではないか、と恐怖におそわれた。それがだんだんエスカレートして、日常生活でもエプロンが使えなくなった。エプロンだけでなく、マフラーも駄目。口を大きく開けると吐きそうになる。夜は恐い夢を見るので、ぐっすり眠れない・・・・。
斎藤氏によると、恐がるのは異常ではなく、それを無理に抑えようとしてこだわりつづけることが異常なのだという。
私の経験では、胸の上にタオルを置いただけで、「息苦しい」と言って跳ね起きて、そのまま帰ってしまった人がいる。また、治療が始まるまえに、待合室で泣き崩れた妙齢の女性がいる。これらは、恐怖症にあてはまりそうだ。しかし、幼児が歯科医を恐がって泣いたり暴れたりするのは、病的とは思えない。あべこべに、にこにこ顔で「よろしくおねがいします」なんて言われたら、気持ちが悪い。
恐怖症のことをフォビアといい、歯科恐怖症はデンタルフォビアである。しかし、私たちがカルテの片隅にデンタルフォビアと書くときは、神経症の病名ではなく、単なる恐がりを指していることが多い。あからさまに「恐がり」と呼ぶことへの遠慮があって、格好をつけてデンタルフォビア。隠語のようなものである。
私は人前でしゃべるのが大の苦手だ。とくに女性が恐い。気後れしてしまって、どうも話がうまくできない。まあ病気というほどでもないから、レディフォビアとでもしておこう。

《 PageTop 》
1997/08/12 捕虜

 ロシア兵の治療に関しては、けっして充填(虫歯の治療)してはいけないという通達がアロイスのもとに届いていた。つまり、痛む歯があったら治療せずに抜いてしまえ、というのであった。
 「ちょっと治療すれば一生使える丈夫な歯を抜いてしまうなんて、誰の命令であってもぼくはできない」と言うアロイスの声が耳の奥に響いた。
 『あるドイツ女性の二十世紀』(川口マーン恵美著、草思社刊)から引用した。ドイツ人と結婚した著者が、親族から聞き書きした物語である。歯科医アロイスは著者の義祖父にあたる。引用したのは第二次世界大戦中、ドイツ軍が優勢だったころの話。捕虜になったロシア兵は、ドイツ本土の工場で強制労働に従事させられた。
 アロイスは、看守のドイツ兵の目を盗んでロシア兵の治療をするのだった。見つかれば「国賊」である。厳しい処分が予想される。戦争は、まず自国を占領し国民を捕虜にすることから始まる。
 同じような状況におかれたら、職業的ヒューマニズムを国家の方針に優先させることができるかどうか、私には自信がない。
 保険診療について、抜粋だけでも分厚い本になるほどのおびただしい厚生省通達が出されている。ビタミン剤の保険給付を制限するという通達が出されたために、使用を「自粛」し、事故がおきた例もある。国家権力は、アイサツしろと命じて土下座させるほどの力を持っている。医療費削減の圧力が、どれだけの人の健康を損なうか、想像するとぞっとする。
 本の話に戻る。やがてドイツは敗れ、家族ははなればなれになる。旧東ドイツ地域から西ドイツ地域への逃避行、その途上での銃撃、飢餓、レイプなど、戦争の悲惨さが語られる。
 今の日本は平和だ。しかし、銃弾の飛び交わない経済戦争の真っ只中にあるとも言われる。そういえば、知らないうちに捕虜の境遇にいるような気もする。

《 PageTop 》
1997/08/25 福祉医療費

 A君は、ほかの子よりは遅かったけれども、歩けるようになり、走れるようになった。うれしいことがあると、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる元気な子だった。ところが、ある日から急に食事をいやがり、やせ細り、歩けなくなってしまった。お母さんは途方に暮れた。歯が悪いのではないか、とやってきた。障害児は、一本の虫歯のために体調をくずしてしまうこともある。
 日本では、障害者は人口の四・四パーセントといわれている。身体障害者、精神薄弱者、精神障害者の合計である。なお、「障害」も「精神薄弱」も不適切な用語だとかねてから言われているが、いまだに公式にはこの言葉を使うことになっている。
 「日本では」と断ったのは、諸外国との違いが大きいからである。イギリス、オランダが一〇パーセント、ベルギー一二・五、ポーランド一四、スェーデンはなんと三〇パーセントをこえる。日本の少なさはきわだっている。(大野友也著「障害者は、いま」岩波新書より)
 日本人がとくべつに健康なのではなく、認定基準に差があるからだ。それにしても二倍以上の差は異常だ。基準がとくべつに厳しいのである。それ以前に基本的な考え方の違いがある。日本では外見的な異常や、身体の器官や臓器ごとの障害を基準にする傾向が強いが、西欧諸国では日常生活を送るうえでの不自由さを基準にする傾向があるようだ。日本的なやりかたは、客観的に判断しやすい利点があるものの、じっさいの生活の困難さを反映しないおそれがある。
 障害者を「厳選」するからには、よほど手厚い施策がとられているだろう、と期待したいところだ。しかし、国の不十分なところを地方自治体が独自に補助しているのが実情である。さきごろ、富山県の福祉医療費助成制度の存続が決まった。福祉にたいして後ろ向きのニュースが多い中、県当局の決断に拍手を送りたい。

《 PageTop 》
1997/09/09 一〇〇冊の本

 本を一〇〇冊買いました──と言って驚かせてみたかった。ほんとうは、一〇〇冊ぶんの本の内容がはいったCD−ROMである。コンパクト版の辞書ほどのケースにCDが一枚と解説書がはいっていて、本のような装丁にしてある。そうでもしないと、音楽CDの引き出しに紛れ込んでしまうかもしれない。
 この「本」を読むためには、パソコンが必要である。読書用のソフトを起動すると、表紙があらわれ、それをめくると目次があらわれる。このとき、ページをめくるサラッという音がでるのがおかしい。ページをめくるときには、画面が一気に変わるのではなく、紙がめくられるように左から右へ画面が変化する。
 何冊分かは音声データが入っていて、読み上げながらページをめくってくれる。画面上の文字は大きいので、目が弱くなり根気がなくなってきても大丈夫だ。
 おもしろがって「読んで」いたのは最初のうちだけで、いまは「積んどく」になっている。パソコンの前に座っていなければ読めない。食卓に持ち込んだり、寝転がって読むことができないのが最大の欠点だ。本を読むときの姿勢がいかに悪いか、反省する機会にはなった。
 アンダーラインをひいたり、書き込みをしたりもできない。本に取って代わるものではなさそうである。
 しかし、一〇〇冊が一枚のCDに収まるのは驚異的だ。  増えつづける本の置き場所にいつも頭を悩ませている。とくに雑誌はひどい。どれだけ購読しているのか調べてみたら、学会誌を含めて、歯科の専門雑誌が一三種類あった。そのほかに歯科医師会や大学の学報などが数種、専門外の雑誌が一〇種あまり。学会誌は隔月刊か季刊のものが多いが、とても読むのは追いつかない。目次に目をとおすのが精一杯。かといって捨てるわけにもいかない。
 紙の本で読んで、CDの本で保管しておけるような時代になることを待ち望んでいる。

《 PageTop 》
1997/09/17 原始人

 お盆のころ、初診で来た患者さん。会社員、すなわち健保本人である。何本か抜歯して、そのあと義歯が必要だ。九月になると健保本人の窓口負担が一割から二割になる。八月中には間に合いそうにない。
 「すみませんけど、この入れ歯の出来上がるのは来月になりそうです。自己負担が二割になってしまいますけど──」
 恐縮しながら話したけれど、患者さんはキョトンとしている。九月から窓口負担割合が変わることをご存じないとみえる。新聞は読んでいないのだろうか。大企業にお勤めのようだけど、会社なり組合なりが、知らせていないのだろうか。こんなふうでは、保険料が引き上げられたことにも気付いていないかもしれない。
 この患者さんが、特別にノンキな人とも思えない。いうなれば日本中がノンキだ。二割への引き上げは、拍子抜けするほど抵抗なく国会を通ってしまった。二割どころか健保本人の負担を三割にする案が厚生省から出されている。
 社会保障には先進諸国の二分の一から三分の一、逆に、公共投資には数倍を使っている─それが、日本の財政の特徴である。国際的にみると変な国だ。
 これだけマスコミが発達し、情報があふれている中でも、大切な問題が見過ごされている。光が強すぎると目が眩んで何も見えなくなるように、情報が多すぎると何もわからなくなる、真昼の暗闇だ、と言った人がいる。技術が発達し、世の中のしくみが複雑になりすぎて、ごく狭い自分の領域のことしかわからない。理解を超えることについては、それぞれの専門家を八百万の神様のようにあがめるしかない。だから、現代人は原始人だ、と言った人がいる。どちらも出典は忘れた。いちいちおぼえていたらアタマがパンクしてしまう。
 政治家と官僚を神のようにあがめ、国をまかせきりにした結果、いま手痛い仕打ちをうけようとしているのは確かなようだ。

《 PageTop 》
1997/10/14 テレビ広告

 《広告は朝から晩まで/公然と大声で、あるいはそっと声をひそめて/ある寝小便の薬の/卓越せる効能を伝道してやまない/・・・・/それはある時はばら色、ある時はきれいな緑色だった/・・・・/夜は大胆に明りをともして屋根へよじのぼった/・・・・/それを家内が「やせる薬」として飲んでいる/僕は家内をだましたのだ/かくして僕の心のサロンには/ふたたび好もしき平和が訪れた》(板倉鞆音・訳)
 ドイツの詩人リンゲルナッツの「広告」という詩である。詩の一部だけを引用するなどという乱暴をお許しいただきたい。広告が、いかに心の中に巧みにはいりこむか、部分的な引用ではその微妙な感じが十分に伝わらないかもしれない。なお、この詩が書かれた当時はテレビのない時代である。
 テレビがより強い影響力を持っていることには疑う余地がない。
 テレビにはたくさんの広告が流される。ご苦労なことに、それを数えた人がいる。子供の食生活を考えるための、まじめな研究である。それによると一つの民放で一日に約五百本の広告が放送され、そのうち四割強が食品であり、そのまた半分は子供向けだったという。そのかいあってか、子供はお菓子類を買うときに商品名を指定することが多い。
 私たちが子供のころ、遠足か運動会のときには、稲荷寿司・巻寿司とチョコレートとバナナが「三種の神器」だった。チョコレートには板チョコとチューブ入りがあったが、銘柄も少ない。友達がもってくるチョコレートは、たいていは同じものだった。
 今はちがう。子供に頼まれた買物をするときは気をつけないといけない。チョコレートやポテトチップスなんて、どれでも似たようなものだろう、では済まないのである。
 かつて、菓子類の広告から「虫歯税」を徴収せよ、という議論があった。広範な世論になることもなく、それこそ「ドクターのひとりごと」で終っていった。

《 PageTop 》
1997/10/27 濁点

 買い物に出かけて、うろうろしているうちに時間がたち、昼食の時間になってしまった。最初に目についた食堂に入った。近くのテーブルから母子の会話が聞こえてくる。
 「ねえ、『ち』にテンテンをつけると『じ』なの? ほんとうなの?」
 「そう」
 五〜六歳くらいの女の子である。前歯がまだ乳歯だ。メニューを手にして話しかけている。母親のほうは、週刊誌を読むのに夢中で、生返事をしている。『し』の濁音も『ち』の濁音も同じ発音になるのが不思議なのだろう。『し』と『ち』は親戚なのだろうか。発音する時の口の形は、たしかに似ているようだ。「を」と「お」が同じ発音だったり、「が」に二とおりの発音があったり、言葉は不思議だ。
 しばらく静かにしていた女の子が、また母親に話しかけた。
 「ねえ、ママにテンテンをつけるとなにになるの?」
 「ええ─?」
 「だから、ママにテンテンつけるの」
 だいじな話なのに、ちゃんと聞いていない、と責めるような調子がある。母親は、何を聞かれたのかわからない様子で、週刊誌から顔をあげ、子供に目をむけた。「はは」に濁点をつけると「ばば」、「ちち」は「じじ」、ママには「ばば」になってほしくない、との子供の願いが込められているようだ。
 平安時代以前の日本では、現代のHの音をPで発音していた、とする説があるという。つまり「はひふへほ」が「ぱぴぷぺぽ」である。「はは」を「ぱぱ」と呼んでいたことになる。そのままの習慣が続いていて外来語の「パパ」が入ってきたら、ややこしいことになるところだった。
 歯が悪くなると「むしば」、それを治療して「ぎんば」や「さしば」になり、抜けてしまったら「いれば」になる。歯には濁点がつかないようにしたいものだ。

《 PageTop 》
 1997/11/05 「平均」と「平均的」

 ある高名な医事評論家の本に、日本の年金は「平均20万円以上」と書かれていた。すぐあとに続けて、デンマークは夫婦で10万円だ、と比較している。話の流れからすると、日本の年金は一人20万円以上であるらしい。社会福祉が充実しているデンマークと、その反対の日本と、年金だけで比べるのはおこがましい限りだが、それはひとまずおいておく。
 世間一般の感覚からすると「平均20万円以上」は信じられない。
 厚生省発表の「社会保険事業の概況」(平成7年度)から、年金支給総額を年金受給者数で割り算してみると、厚生年金で平均10万円、国民年金で平均4・4万円である。共済組合は17万円とずばぬけて高いが、それでも20万円にはならない。
 「一人あたり」と思わせておいて、じつは「世帯あたり」なのかもしれない。「老人は金持ち」と主張するために、「高齢者世帯の所得」という統計がよく悪用される。経済的に自立した世帯を対象とした偏った統計である。これではないか、と見当をつけて、電卓をたたいてみた。
 厚生省の「国民生活基礎調査」(平成6年度)から、高齢者世帯の所得内訳を拾ってみると、年金による所得は世帯あたり月平均15万円強である。くどいようだが、偏った統計である。なのに、20万円にはほど遠い。
 これは弱った、迷宮入りかと諦めかけたが、経済企画庁編「国民生活白書」を開いたら「平均年金月額」が月19・9万円というグラフが目に入った。平成5年の数字だから、現在は20万円以上になっていてもおかしくない。解説を読んでみると、「平均的な高齢者夫婦の年金月額」であり、退職した夫の厚生年金と妻の国民年金を合計したものだ、と書いてある。つまり展示モデルなのだ。「平均」と「平均的」と、「的」のありなしでずいぶん違う。
 まるで誇大広告であるが、コロリとだまされた評論家もお粗末である。

《 PageTop 》
1997/11/25 センセイ

 中学校の同期会に出かけた。わかる顔よりもわからない顔のほうが多い。恩師の先生たちが思いのほか若く見える。
 「やあクマちゃん」、「おいクマ」と呼びかけられる。私たちも日頃「先生」などと呼ばれているが、こうして昔の愛称で呼ばれるほうが気持ちがいい。
 さいきん新藤兼人さんの本をつづけて3冊読んだ。そのなかに、昔の同僚で今は株屋をやっているという人物から、街角で声をかけられる場面がある。
 「センセイ、といいやがった。人びとはカントクをセンセイと呼ぶ。親愛をこめてか侮蔑を秘めてか、やたらセンセイという」(『ボケ老人の孤独な散歩』新潮文庫)
 そもそも「先生」は先に生きるの意味。反対語は「後生畏るべし」の「後生」だ。このことわざを曲解すると「先生侮るべし」ともとれる。先に死ぬぞ、と言われているみたいでもある。
 相手をわざとらしく持ち上げるときに、目上とみなした言い方をするのが世の習いのようだ。盛り場で「おにいさん」と呼ばれるときは、とつぜん現れた妹モドキをどう扱っていいのか、戸惑ってしまう。「社長」とか「大将」とか呼ばれると、ふところ具合を探られ、景気よく散財しろと迫られているようで、落ちつかない。
 新藤さんの別の本(『老人とつきあう』岩波ジュニア新書)には、教師を退いたあと、学校から子どもたちの声が聞こえる場所に、家を求めて移り住んだ恩師の話が紹介されている。脳溢血で倒れた先生を見舞いにいったら、「み、て、い、る、ぞ」と不自由な口元が動いたという。よく叱る先生だったというが、いっぽうで耳をそばだて、目を細めて、子どもたちを見守っている。先まわりして生きている。
 教師や医師のほか弁護士、議員、作家などもセンセイと呼ばれる。世の中にはセンセイがいっぱいいる。新藤さんの言うセンセイのどちらに近いのか、考えさせられる。


映画監督・新藤兼人氏の講演会
(1999年11月3日、浜松)

87歳とは思えないしっかりした足取りで登壇。
自身の入院のエピソードを皮切りに、仕事がやりたい一心で節制し、毎朝の散歩を欠かさない、仕事をやり遂げたいからこそ「生きたい」(最新の映画の題名)のだ、と強調された。「老人になったことのない連中(官僚)が政策をつくっている」と皮肉もちくり。

《 PageTop 》
1997/12/02 栞

 本についているヒモの栞を製本業界では「スピン」と呼ぶのだそうだ。文庫本や新書本ばかりでなくて、さいきんはハードカバーの本でもスピンがついていないことがある。かわりに出版社の宣伝を兼ねた厚手の紙の栞がはさみこんであるけれども、はさんだままだとページが持ち上がってきて、どうにも使いずらい。そのうちに落としたり、どこかに置き忘れたりしてなくしてしまう。診療の合間に少し読んでは中断する、そんな読み方が多いので栞は必需品だ。家で読んでいるときは、いちいちページを開くのも面倒だから、大きなクリップで本を開いたままはさんでおく。なんだか虐待しているみたいで、本に対して申し訳ない。
 出張の列車の中などで読むのには、クリップというわけにはいかない。手芸店から、それらしいヒモを買ってきて、中表紙に糊でとめてみたりもしたが、いまいちしっくりしない。とめる位置が悪いのか、ヒモが違うからなのか、なにかの拍子にページの根元のところが破れたりする。
 トレーシングペーパーを短冊に切ったものを使ってみたこともある。この半透明の紙は、なまじ薄いためにページの間にしっかりとくわえられてしまい、引き抜くのが大変だ。
 細い紙コヨリをはさんでみたら具合がいいので、もっぱらこの方法を利用したきた。保険の医療費を請求するときのレセプトと呼ばれる用紙は紙コヨリでとじる決まりになっているので、いつも手元にある。
 ながらく紙コヨリを愛用していたが、最近、貼ったりはがしたりできる付せん紙がでまわってきて、これを使ってみたら、なかなか具合がいい。強力な接着剤の研究をしているときに、はがれやすい失敗作が出来てしまい、その性質を逆にいかした製品だという。  じゃまにならず、落してしまうこともない。しかし、未使用の付せん紙をブロックごとなくしてしまうことがあるのが欠点だ。じつは、最後まで使いきったことがない。

《 PageTop 》
1997/12/08 過剰請求

 「この入れ歯はいつ作ったものですか?」
 「三年ほどたちます」
 入れ歯を作りなおしてほしいという患者さんである。入れ歯を作ると、六ヶ月間は新しく作ることができない。これは途中で歯科医を変えても適用される規則である。だから、入れ歯を作るときには、かならず冒頭のような質問をすることになる。
 三年たっていれば問題はない。新しい入れ歯をつくることにした。ところが、六ヶ月以内に入れ歯を作っているから保険の支払いができない、と通知が来た。
 事の次第はこうである。
 最初にたずねたときの入れ歯は、たしかに三年前に作ったものだった。二ヶ月ほど前に新しい入れ歯を作ったが、それが気に入らなくて、新しいほうは使用しないで古い入れ歯を入れて来院したのだ。
 早とちりと言ってしまえばそれまでだが、手間ヒマかけて作ったものの支払いがはいってこないのは痛い。それどころか外注している分の代金は支払わなければならない。
 もっと我慢のならないことがある。このような間違いが「不正請求・過剰請求三千億円」といった統計にちゃっかり算入される。まったく心外であり、腹立たしい。そもそも、この数字は、保険の請求額と支払い額の差額を計算しただけのものだ。保険証が変わったのに、古い保険証のままで請求すれば、そっくり返され、さきの統計に算入される。まるごとだから金額も大きくなる。この種の間違いが大半を占めていると言われているが、きちんとした内訳は集計されておらず、合計の金額だけが公表される。
 公表する意図もいぶかしいが、そこに飛び付いて、過剰だ不正だと言い立てるマスコミも、どうかしている。せめて保険の仕組みを理解してからにしてほしい。公費医療の縮小・患者負担増など、医療保険制度の後退から目をそらすために、おどらされているように思えてならない。

《 PageTop 》
1997/12/16 介護保険成立

 介護保険法案が成立した。
 前回、継続審議になったときに比べると、まったく静かなもので、すんなりと国会を通ってしまった。
 ある福祉系大学の教授が著した本を読んだ。介護保険証さえもっていれば、必要な介護サービスをどこででも受けることができる、もう老後は安心です、貯蓄も気にしなくていい、老後が待ち遠しくなります、と書かれている。絵に書いた餅だろう、と言われるのを先回りして、学者の言うことを信じなさい、とも書いてある。この方は、じつは厚生省の審議会委員である。お役所から特大の御用提灯を預かっているようだ。
 さんざん言われてきたことだが、「保険あって介護なし」になることが確実視されている。厚生省介護保険制度準備室の責任ある立場にある官僚の発言が如実にそれを示している。
 それによると、公的介護保険は、西暦2000年に在宅サービスの総需要の4割をまかなうことを想定している。2005年には6割、2010年には8割をめざしているという。これとて目標だ。実現の保障はない。思わず自分や家族の年齢と見比べてしまう。
 残りはどうなるのか。保険料を納めても、結局はサービスを受けることはできず、家族の手で介護せざるをえない。「社会的入院」に緊急避難することも、厳しく制限される。年金からも保険料を天引きするというのに、である。運よく給付を受けることができたとしても、無料ではない。基準の1割が自己負担、基準を超えた分は全部自己負担だ。
 ともあれ、介護保険制度はスタートする。不備なところは山ほどあるけれど、「施し」から「権利」へと意識の変革を迫るのが最大の功績といえるだろう。保険料を支払うからには、約束された給付を要求するのが当然だ。高齢者はもとより、やがて高齢者になるはずの国民が手を結び、手ぐすねをひいて西暦2000年を待ち受けることにしよう。

《 PageTop 》